今年88歳になる母は、北方領土の「語り部」として活動しています。

52歳から始めたので、今年で36年になります。

娘の私が見ていても、母は講話のたびに丁寧に下準備をし、何度も練習を重ねて本番に臨みます。

私も北方領土二世の語り部として活動していますが、

「語り部とは、ここまで準備をするものなのだ」

と、いつも母の姿から学ばせてもらっています。

何人聞くのか、本部に自分で確認して、私に講話資料の鳥瞰図のリクエストをしてくれます。

今回、講話を聞いてくださったのは、京都からいらした学生さんたちでした。

「京都の学生さんたちは、とてもよく勉強してきていると感じたの。島のことへの理解が素晴らしかった」

と、母は驚きながら話していました。

講話が終わった後には、22人もの方から質問があったそうです。

北方領土への関心の深さに驚きながらも、すべての質問に答えることができたと、母は弾んだ声で電話をくれました。

会場では、職員の方が母を質問者のところまで案内してくださったそうです。

「相手の目を見て話せるから、気持ちが伝えやすいの」

そう話す母の言葉からは、一人ひとりを大切にしながら、自分の思いを伝えたいという気持ちが伝わってきます。

北方領土についてしっかり勉強してきた学生さんたちの質問は、どれも心に響くものばかりだったそうです。

講話の日の母は、軽く食事を済ませ、身なりを整え、パンプスを履いて家を出ます。

故郷・蘂取村のことを、真剣に、そして誠実に伝えたい。

その思いが、母の姿勢そのものに表れているように感じます。

父が亡くなった後、母は、

「送り迎えをしてくれる人が、もう私には誰もいない」

と悲しみ、講話を辞めようと考えたことがありました。

そのとき私は、

「送迎をお願いできないか、相談してみたら?」

と話しました。

事情を理解してくださり、今ではいつも同じ方が迎えに来てくださっています。

母は、その方の顔を見るとホッとするそうです。

その方が作ってくださるパワーポイントも、本当に素晴らしいものです。

私も一度見せていただいたことがありますが、島民の気持ちに寄り添い、丁寧に作られていることが伝わってきました。

しかも、語り部一人ひとりの話に合わせて内容を工夫し、本番では講話の流れに合わせながら、その場その場でスライドを操作してくださいます。

私もパワーポイントを作ることがありますが、とても足元にも及びません。

もう3年もの間、島民一人ひとりに寄り添いながら、母の語り部活動を支えてくださっています。

今回、講話を終えた母は、家まで送っていただいた後、その足で近所のお蕎麦屋さんへ行き、一人で食事をしたそうです。

これまで一人でお店に入ることがほとんどなかった母にとって、それは大きな一歩でした。

母はいつも、

「いろいろな方々の支えがあるから、私は講話ができているの」

と話します。

謙虚な気持ちを忘れず、故郷への強い思いを持ち続ける母。

その姿を見ていると、母の周りに温かい方々が集まるのは、とても自然なことなのだと思います。

これからも、母の言葉を通して、一人でも多くの方に北方領土への思いが伝わっていくことを願っています。


京都からわざわざ来てくださって母や島民の方々の講話を聞いてくださって、本当にありがとうございました。