蘂取村の春は、

五月になってようやく訪れます。

三月、四月に比べると気温は少しずつ上がってくるものの、まだ冷たい風が身に染みる日もありました。流氷が去り、根室から一番船がやって来ると、村にも春が来たのだと感じられます。


出稼ぎに来た人たちが村に入り、人々であふれ、にぎわいが戻ってくると、子どもたちも生き生きとしてきます。

けれど、生き生きするのは人だけではありません。

冷たい大地の下で眠っていた草花も、雪解けとともに目を覚まし、小さなかわいらしい芽を出し始めます。

雪解けが進むと、畑を耕す季節です。

家の中では、冬の間使っていた薪ストーブを外し、囲炉裏の暮らしへと変わっていきました。

夜、学校の前の小高い丘に登ると、遠くにモヨロ火山の御神火が赤く光って見えました。山の方からは、カッコウの声が響いてきます。

この時期は、ガスと呼ばれる濃い霧がかかる日も多くありました。真っ白な霧の中を進む定期船は、入港の時、ひっきりなしに汽笛を鳴らしていたそうです。

春の海は、子どもたちにとっても特別な場所でした。

男の子たちは、大人に黙って小舟を借り、大黒島へ渡ったこともありました。そこでカモメの卵をたくさん取り、砂浜に埋めて、あとから山分けしたといいます。

今では考えられないことですが、当時はそれも春の暮らしの一部でした。卵は、貴重なたんぱく源だったのです。

流氷が去り、一番船が来て、人が戻り、草花が芽吹く。

蘂取村の春は、海と霧と鳥の声、そして人々の活気とともに始まっていました。


参考資料「われらの北方四島」


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