択捉島東海岸蕊取村モヨロ鉱山


択捉島の北端に、**茂世路(もよろ)**という集落がありました。

活火山・茂世路岳(一一二四メートル)を背にした、東海岸の小さな産業拠点です。


茂世路の産業のひとつである漁場は、川畑孫市と鳥海武夫による共同経営、合資会社イ印商会(大正十五年三月十五日設立)が担っていました。

そして、この地の主な産業は

鉱山採掘でした。


明治二十三年頃から大正、昭和初期にかけて、山一帯から純度の高い硫黄が採掘されていました。


操業していたのは茂世路鉱業株式会社。採掘は露天掘りで行われ、坑口は六か所。

山の中腹から麓へ、ケーブルで鉱石が運ばれていきました。


麓には精錬釜が八基。

明治期としては「超近代的」と評される設備だったといいます。


昭和十年の年間硫黄採掘量は二、五八五トン。

十トンダンプカーに換算すると約二五八台分にもなります。

十二月末時点の鉱夫は二十人。少人数ながら、島の産業を支えていました。


さらに硫黄だけでなく、金・硫化鉄・鉄・砂鉄・珪砂など有望な鉱床も確認され、将来を期待される地でもありました。


のちの一九九四年には、レニウムを主体とする新鉱物「レニウム鉱」も発見されています

 


昭和5年•モヨロ鉱山跡より択捉海峡を望む 


モヨロの浜辺





 

モヨロよりラッキベツ山(1207メートル)を

望む




モヨロ岳