大変ありがたいことに、大先生方に混じって星供護摩法要ならびに柴灯護摩供に承仕として随喜させて頂く機会を得ました。

縁とはまことに不思議なものです。



天気に恵まれましたが、折しも大寒波、鉢の中の金魚も氷の下でなんとか命を繋いでいました。


護摩堂で修された壇護摩は経験したことのない大爆煙でございました。

高く積まれた檜葉の葉は真っ白な煙を巻き上げます。

かつて紙巻の煙草を呑んでいた自分でも喉が焼けるようでした。

修験らしい荒行、智慧の煙に薫じられた参座者一同に利益のあらんことをお祈り申し上げます。


そして午後からは柴灯護摩供

川の中洲、奇岩の上に設えられた護摩壇は吹雪の中、幽玄でありました。

炎は高く上がり、遠く離れていても灼熱を感じるほどで、明王の智火、火生三昧がまさに示現していたようでした。


近くの岩には祠があり、それに向かっての護摩でしたので、きっと水神が祀られているのだろうと思っておりました。

しかし後で伺うことには村人を殺め続けた物の怪(悪龍)が封印されている岩だったとのこと。

さしもの物の怪もこの業火を前にしては悪の心を焼き尽くされたことでしょう。

経に曰く、明王は智慧の炎で悪を調伏して、後に法の水を注いで解脱の道に入らしむるということですので。


今回は勿体なくも大先達の袈裟と頭襟をお借りしておりましたが、これがまた不思議なことに非常に重たく感じました。

行者の持ち物には持主の積まれてきたものが宿るのだな…などと感じながら全く自分というものの甘さを思い知りました。

が、こうやって学び、修めていけることより有難いことはありません。

ただぼけっと並んで錫杖振っていればいい…というわけではなく、見て覚えておいて急に役が来ても対応できる、というのが理想ですね

(勿論見様見真似で出来るものではありませんが…)

それは世間も出世間も同じことのように思いました。

未熟者にお声がけ、ご指導賜りました先生方、まことに有難うございました。

南無千手千眼観世音菩薩

南無大日大聖不動明王四大八大諸忿怒尊

合掌



なお爆煙に焼かれた喉は見事に気管支までやられてしまい、翌日一日完全に倒れ伏しておりました。

まだまだ修行が足りません笑