契約満了が近づくにつれて、「このまま続けるのか、それとも離れるのか」という選択は、避けられない現実になっていきました。
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現場は日々回っていましたが、その裏では人員不足と負担の偏りが常態化していました。業務そのものは止まりませんが、余裕は確実に削られていき、誰かが無理をして支える構造になっていました。
その中で、自分自身も次第に気づいていきました。
このまま続ければ、体力的にも精神的にもいずれ限界が来るだろうということを。
無理をすれば働き続けることはできたと思います。けれど、その「無理」が積み重なった先に何が残るのかを考えたとき、長く続けられる選択ではないと感じるようになっていました。
また、ベテランのパートさんたちも少しずつ退職を考えるようになっていました。現場を長く支えてきた人ほど、環境の変化や負担の大きさを現実として受け止めていたのだと思います。
その姿を見ながら、この職場が個人の努力だけでは支えきれない段階に来ていることを感じました。
一方で、もう一つずっと引っかかっていたのが「Aターン(秋田へのUターンのこと)」という選択でした。
千葉で身につけた経験を地元で活かしたいという思いは確かにありましたが、実際に戻ってみると、その理想と現実には大きな差がありました。経験がそのまま評価されるわけではなく、働く環境や立場によって扱われ方も変わっていきます。
そして何より、賃金の差は現実として大きく存在していました。
同じような業務内容や責任であっても、都市部と地方では収入に差があり、その差は生活の安定に直結します。実際に、「給料が安すぎて地元に戻るのをやめた」という話を後から聞くこともありました。それは決して特別な話ではなく、現実的な判断の一つだと感じました。
Aターンは前向きな選択として語られることが多い一方で、生活として成立するかどうかという問題を常に伴っています。
その現実を踏まえたとき、自分の中でも「ここで続ける意味」と「これからの生活」を天秤にかけるようになっていきました。
そして最終的に、職場を辞める決断をしました。
決断の理由は一つではありません。
積み重なった負担、将来への不安、環境の限界、そして現実的な生活条件。それらが静かに重なった結果でした。
どこかで「もう少し頑張れる」と思う気持ちもありましたが、それ以上に「このままでは続けられない」という感覚のほうがはっきりしていました。
働く環境や条件は、やりがいや経験以上に、長く続けるためには避けて通れない要素だと、身をもって感じた経験でした。
昔から、滅菌業務はとても大切な仕事ですが、病院の中では目立たないため、後回しにされがちです。
でも、滅菌された器具が安全に使えなければ、医師も看護師も患者さんに治療を行うことはできません。
資格の有無に関わらず、現場で毎日リスク管理をしながら器具を安全に保つ滅菌業務は、なくてはならない存在です。
日本医療機器学会のホームページには、次の一文が掲載されています。
❝この滅菌供給業務の中心となって日常業務を行っているのは、何ら特別な資格を持たずに、滅菌現場での永年の経験によって滅菌技術を修得した医療職員であることが殆どであります。
これらの職員はこれまで、縁の下の力持ちとして資格のないままに定年退職を迎えてきました。❞
私の直属の上司は滅菌技士の資格を持っていて、技術や管理面でも頼りになる存在でした。
それでも、業務の責任や負担は大きく、資格のあるなしに関わらず、現場で滅菌業務を支えることの大切さを実感しました。
私の契約満了の3か月後に、上司は定年退職することが決まっていました。
上司が身の回りの整理を少しずつ始めていた頃、私は、現場を辞めるべきか、直接雇用になるべきか迷っていました。
早番も遅番も残業を重ね、スタッフを募集しても人はなかなか集まらず、来てもすぐには独り立ちできませんでした。
そんな中で現場を去るのは、残された人たちを置き去りにするようで、心苦しい気持ちでした。
退職予定の上司との会話の中で、上司は「これはもう、あとは残された人たちの課題にしましょう」と言っていました。
どこか諦めにも似た雰囲気でしたが、職場全体で残る問題を象徴しているように感じました。
最近、ニュースで経営難や人手不足によって病院の運営が厳しくなっている話を耳にします。私にとってこれは他人事ではなく、現場での経験を思い返すたび、現実の厳しさを痛感します。
当時の派遣先である秋田の医療施設では、脊椎手術で使用する器材の内腔に汚れが残る事例が連続して発生しました。
千葉での経験を思い返すと、同じようなミスが起きた際にはインシデントに記録し、洗浄時にはウォーターガン、組立時にはエアーガンで器材の内腔の汚れを確認するという対策をしていました。その重要性を改めて痛感しました。
しかし、そこの医療施設ではウォーターガンがなく、代わりにディスポシリンジで洗浄していました。組立時のエアーガンは使用できましたが、限られた環境で安全性を確保するには、設備・消耗品・人手・時間・予算といったあらゆる資源が十分であることが必要だと痛感しました。
これは、病院の経営難や人手不足といった構造的要因が、現場の安全管理に直接影響していることを示しています。
直属の上司は経験豊富で現場改善にも取り組んでいましたが、当初はその努力の全貌を把握できませんでした。
後に、病院側への改善提案が行われていたことを知り、現場が厳しい状況は上司個人の努力不足ではなく、下請けとしての立場や組織内の体制、病院の経営状況といった構造的な要因が大きいことに気づきました。
そんな状況の中で、私の契約満期は近づいていました。限られた資源の中で懸命に安全を守る現場を見つめながら、自分にできることの限界と責任の重さを痛感していました。契約が終わるその日まで、現場の厳しさは変わらず、考えさせられることは尽きませんでした。