いつ書こうか書こうか、と思っていましたが、まあこの辺りで。
今回の書かせていただく、桜草という大阪で活動するバンドです。このバンドと僕たちは多分もっとも近くにいるだろうバンドで、お互い悩み讃えあい成長してきたと言える、同じく21歳で構成された若手4人バンドであります。
バンド像というか曲調は、マイナーコードを基調にしたモダンなロックです。ボーカルの徳永くんは「自分の体はロキノンで出来ている」的なことを言ってたような気がします。
特徴はやはり歌詞ですね。メロディや曲調の聴きやすさとは反して、歌詞に重みのある、そういう表現になります。
例えば、よくポップスでは「好き」とか「頑張ろう」みたいな、ごく一般的にわかりやすい、まあ悪くいえば当たり障りない言葉が多いように感じますが、彼らの(特に作り手の徳永くんの)言いたいことというのは、それは「好き」という題材でも、彼の言葉や表現によって、一言一言が、「本当は何が言いたいんだろう?」と親身に思ってしまうんですね。
それはライブでの徳永くんの表情やジェスチャーで気づいてしまうものかもしれませんし、逆に、自分だったらこう解釈するよ、とリスナーそれぞれの桜草が展開されるやもしれません。
どちらにしろ、彼の言葉はありきたりなもので飾られず、一人一人に近いものになれるように思います。僕はそれがオリジナリティ溢れてて好きですね。
今回ピックアップする雨降ル夜という曲は、そういう歌詞の世界からみると、少し深いものを感じずにはいられません。
曲調やメロディ、言葉でさえも、とにかく淡々と、気づいたら終わっているイメージです。何か、日常で些細に通り過ぎてしまう事のようにも見えます。
ただ、そんな日常の些細な事にも大切な意味があるように、この歌にも、歌詞をゆっくり追っていくと、何か大事なことを見逃しているのではないか?と思い始めます。そして世界観に浸れば浸るほど、急に見透かされたような気分になって、ドキッとしたりします。
鳥肌がたつってやつでしょうかね(笑)
最近こんな曲を聴くと、歌とは何なのか?というのを考えさせられます。
本当はこうやって、言葉を伝えるためにあるんでしょうね。
でも何が正しいとかはないですよね。だから、自分たちのオリジナリティも、ゴリゴリグチャグチャしてるけど(笑)誇れると思ってます。
「今の桜草」はこんな感じで感想ですね。あまりダラダラ長文かくのもっておもうので、これからもお互い切磋琢磨しましょう。
