「毎日新聞」2024年8月11日付け朝刊社説 転載

 

 ウクライナと中東での戦禍が世界経済を揺さぶり続けている。

 途上国や貧困層に打撃が集中する一方、戦時下でも富裕層は資産を大幅に増やしている。広がる格差から浮かび上がるのは、グローバル経済のいびつな姿である。

 

 「2020年以降のコロナ禍や戦争で世界人口の6割に上る48億人がより貧しくなった。対照的に超富裕層5人の資産は総額120兆円超に倍増した」。国際非政府組織(NGO)オックスファムが今年1月に発表した報告書だ。

 

 資産規模で突出する5人は、X(ツィッター)を所有するイーロン・マスク氏や、アマゾン・コム創業者のジェフ・ベゾス氏らだ。世界経済の主役となったIT産業は一握りの米国企業が支配し、巨額の利益をほぼ独占する。

 上位1%の富裕層が保有する金融資産は世界の4割強を占める。資産は総額で400兆円以上も膨らんだという。

 

 48億人がさらに貧しく

 

 最近までの米国の株高も富の集中を加速させた。

 戦時にもかかわらず株価が上昇した背景として、米国のウクライナ軍事支援の影響も指摘される。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは2月、「政府の多額の資金が米防衛産業に流れ込み、景気を押し上げている」と報じた。

 

 一方、戦争に伴う食糧危機やインフレは貧困層を直撃した。労働者一人あたりの賃金は、物価高が響き、過去2年間でほぼ1カ月分が目減りしたと試算されている。

 日本でも格差は広がる。株高で利益を得たのは富裕層などに限られ、低賃金の非正規労働者らの生活は物価高で厳しさを増した。

 「戦争は、資本主義のひずみを深刻化させる」と指摘するのは水野和夫・元法政大教授だ。

 グローバル化した資本主義を「『中心』である先進国や米ウォール街などが『周辺』の途上国や低賃金の移民、非正規労働者などから富を吸い上げるシステム」と定義付ける。「戦争が起きると、安全地帯にいる富裕層は戦時の特需や株高の恩恵を受ける。周辺の貧困層はより窮乏化する」と語る。

 

 格差の拡大は、国際社会を混乱させる要因にもなる。

 国際通貨基金(IMF)は7月にまとめた報告書で「富と所得の不平等は(貧困層の)健康や教育に悪影響をもたらし、経済全体の成長を損なって不平等を広げる」と懸念を示した。さらに「社会や政治を不安定化させる可能性もある」と警鐘を鳴らした。

 

 食料危機に襲われたアフリカや戦火が広がる中東から、欧州に流入する移民や難民が急増している。受け入れに比較的寛容だった欧州各国だが、経済的負担の増加などへの不満が強まっている。

 こうした風潮に乗じ、フランスやドイツ、オランダなどでは反移民を掲げるポピュリズム(大衆迎合)政党が勢力を伸ばしている。米国でも復権を狙うトランプ前大統領が強硬な移民政策を唱える。

 

 国際社会に「負の連鎖」

 

 「負の連鎖」を断ち切るには富の偏在を是正することが急務だ。

 だが世界銀行など既存の国際組織を通じた支援には限界がある。国境を越えた再分配の取り組みを強化することが必要になる。

 方策の一つとして考えられるのが富裕層への課税だ。主要20カ国・地域(G20)の財務省らが7月に開いた会議では、検討方針を盛り込んだ初の文書が採択された。

 議長国のブラジルが提案し、フランスなども賛同した。各国共通の税率を導入し、富裕層による課税逃れに対応する。税収は国内向けではなく、途上国の気候変動対策や教育に充てるという案が検討されている。

 

 富裕層が多い米国は反対し、超大国が壁になっている。

 だが、リーマン・ショック以降、格差是正を求める声は高まったものの、有効な対策が講じられてこなかった。気候変動などと同様にグローバルな問題に協調して取り組むのが主要国の責任である。

 

 経済学者のトマ・ピケティ氏はベストセラー「21世紀の資本」で20世紀に分配政策が進められるようになったのは「二度の大戦による破壊と大恐慌が引き起こした破産」がきっかけと分析した。再び広がる貧富の差を縮小するには「次の大戦を待つしかないのか」と各国の不作為を問いただした。

 戦禍で格差が拡大し、世界の分断がさらに深める恐れが高まっている。国際社会が手をこまねいていることは許されない。