「毎日新聞」2024年7月15日付け朝刊  社説 転載

 

 今年度の最低賃金を巡る議論が厚生労働省の審議会で本格化している。物価高騰が続く中、勤め先や働き方にかかわらず安心して暮らせる水準に引き上げるべきだ。

 

 最低賃金は、事業者が労働者に支払わなければならない最低限の金額だ。毎年、国の審議会が示す引き上げ額の目安を踏まえて都道府県ごとに決める。

 中小企業の従業員や非正規雇用で働く人の賃金に、大きな影響を与える。

 

 昨年度は、過去最大となる4、5%に引き上げで、全国加重平均が政府目標の時給1000円を超えた。それでもフルタイム労働で年収200万円程度にとどまる。

 実際に1000円を超えたのは東京や神奈川、大阪など8都府県だけだ。最高の東京都と最低の岩手県には200円以上の差がある。地域間格差は都市部への人材流出の要因と指摘されており、是正は急務である。

 

 そもそも日本の賃金水準は国際的に見ても低い。消費が伸びない要因となっており、企業も引き上げの必要性は認識している。

 日本商工会議所の調査では、最低賃金を「引き上げるべきだ」と答えた中小企業は4割を超える。

 

 一方で、現在の水準を負担に感じている企業は65%に上る。原材料価格の高騰など経営環境の厳しさを反映しているとみられる。

 とはいえ、待遇改善を怠れば人材確保は難しい。

 経営者は政府の補助金を使うなどして、生産性を向上させる努力を尽くさねばならない。

 

 取引先企業への価格転嫁も課題である。人件費の上乗せを認めさせるは難しいとされるが、こうした状況が放置されれば、大企業と中小企業の賃金格差は縮まらない。厚生取引委員会は価格交渉などへの監視を強めるべきだ。

 

 岸田文雄首相は「2030年代半ばまでに1500円にする」との新たな目標を打ち出している。

 35年度に達成するには、毎年3、4%の引き上げが必要だ。

 現状は賃上げが物価上昇に追いつかず、実質賃金は26カ月連続でマイナスに沈んでいる。速やかな目標実現が望まれる。

 

 生活底上げへの道筋が明確になるよう、官民挙げた取り組みが求められる。