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 2023年3月24日。最高裁は双子の遺体を遺棄したとして1、2審で有罪判決を受けた元技能実習生のベトナム人女性に無罪を言い渡した。あれから1年。孤立出産の末に子を遺棄したとして罪に問われる事件は後を絶たない。女性の弁護人は「女性個人の責任として終わらせてはいけない」と問いかける。

 

 20年11月、女性(当時21歳)は、自宅で双子を出産した。身長は共に41、5センチ。体重は1648グラムと1526グラム。妊娠8〜9カ月で生まれた。産声を発せず、呼吸していない。死産だった。双子の遺体はタオルで包まれ、段ボール箱に入れられた。「ごめんね、2人が早く安らかな場所に行けますように」。女性は、そう書いた手紙を添えた。

 

 誰にも知られず出産した女性だったが、翌日連れて行かれた病院で医師に告白、周囲が知ることとなる。警察の捜索で双子の遺体が見つかり、女性は逮捕された。死体遺棄罪に問われ、1、2審は執行猶予付きの有罪判決となった。だが、23年3月、最高裁は遺体を箱に納めた一連の行為について、死体遺棄罪は成立しないと判断。逆転無罪とする判決を言い渡した。

 

 「母にならぬ選択」仏独で法整備

 

 女性は、実習先で得られる月給約15万円のうち12万〜13万を借金の返済に充て、残りは母国に送金していたという。腹部に痛みを感じながら働き続けたのは「妊娠が分かれば、帰国させられる」との恐怖心を抱いていたからだ。

 

 最高裁に判決後、女性はコメントした。「妊娠して悩んでいる女性の苦しみを理解して、このような女性は、捕まえたり、有罪として刑罰を加えたりするのではなく、相談でき、安心して出産できるような環境に保護される社会に日本が変わってほしいと願います」

 

 女性の弁護人を務めた石黒大貴弁護士(熊本県弁護士会)は、女性個人の責任ばかりが問われる状況を問題視し、こう問いかける。「出産した女性は全て母親となるのが当たり前。これは誰が決めたことでしょうか」

 

 日本は、お産の事実から母子関係を確定する「分娩主義」を取る。子どもは、男性がいないとできないのに、女性だけが法的な責任を持つことから逃れられない。

 

 海外に目を向けると、子どもを産んだ女性に「母親とならない選択肢」がある。フランスでは、名前を伏せて出産できる。父母両方の名前を書かない出生登録も可能だ。ドイツでも法律が整備され、14年から、全ての病院•産婦人科で匿名での出産が可能になった。妊婦健診や分娩費用も国が負担する。

 

 フランスでは産後2カ月間、産んだ子どもを認知するかどうかを選択できるうえ、自分で引き取ることもできる。ドイツでは、産んだ女性と子の親子関係は無くなり、養子縁組の手続きが進められる。

 

 日本にはこうした仕組みがない中、熊本県の慈恵病院は、病院の担当者だけに身元を明かすことで出産できる「内密出産」を全国で唯一、導入している。

 

 19年から受け入れを始め、初事例以降、23年12月までの2年間に21件を取り扱った。親から虐待を受けたり、過干渉の状態にあったりして家族関係がうまくいっていない妊婦が多かったという。

 

 12件は、産んだ女性と子は戸籍上、親子関係になることなく、特別養子縁組の手続きなどが取られた。一方、9件は、出産後3日から2カ月の間に、産んだ女性が身元を明かした。6件は養育を申し出て、3件は産んだ女性が母として出生届けを出したうえで、特別養子縁組を希望した。病院が説得したわけではなく、自ら望んだという。

 

 蓮田健院長は、「困難な家庭環境で育てられた女性にとって、我が子の出産は初めて心を許せる家族を得られるチャンスでもある。すがりたい思いがあったのではないか」と推測する。

 

 孤立出産を防ぎ、医療体制が整った病院で安全に産んでほしいとして、蓮田院長は、各都道府県に1カ所ずつ「内密出産」ができる医療機関を設けることや、法整備を求めている。

【菅野蘭、中村園子】

 

「毎日新聞」2024年3月24日付け朝刊 引用