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ドイツカップ決勝戦の試合前、ポツダムのサポーターから沢山の日の丸が掲げられた。

「Unsere Gedanken sind bei euch」
(私たちの想いは君たちと共にある)

震災が起きてからの試合で、こんなことは初めてだった。

それから、日本のために黙祷が捧げられた・・・


この日訪れた観客は、約2万人。

最高のピッチ、最高の雰囲気の中、いつも通りの程良い精神状態で挑むことができた。

決勝の舞台であろうと、いつも通りプレーすることに変わりない。


この試合のためだけに作られたユニフォーム。

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特別感を意識させられる要素は沢山あったけど、自分にとって、試合に特別などない。

言いかえれば、全てが特別な試合。

特別なことをやるわけでもなく、いつも通り準備して挑むだけ。

その時その時で、やるべきことをやるだけ。ただ、それだけ。


日本で震災が起きてから、色々と考えさせられることが多かった。

「日本のために」 という意識は以前にも増して強くなったけど、まずは 「自分のため」 といういつものスタンスは崩したくなかったから、崩さなかった。

自分のためにやることが、結果的に 「チームのため」 「日本のため」 に繋がる。

それはこれからも変わらないだろう。


この震災によって、自分のために挑むことが、誰かのためになれるんだってことに気付かされた。

誰かのために、何かのためにという想いは、エネルギーとなって心に宿る。

心に宿ったエネルギーは、身体を媒体として発信される。

心と身体は繋がっている。



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15分に先制され、相手に攻められる時間帯が長く続く試合だったが

42分に同点ゴールを決めることができた。

結果は、後半開始早々に逆転され1-2で負けてしまったが、勝ち負けは関係なく自分の中でまた一つ積み上げられた試合になった。

どんな試合も、自分の成長のための1つのプロセスにすぎない。


試合後、ミックスゾーンでドイツ人記者に囲まれ、こんな質問をされた。

「チームは負けてしまったけど、この決勝戦で得点を奪えたことは君にとって特別なんじゃない?」


特別っていう言葉が嫌いだから、この言葉を聞くといつも顔をしかめてしまうけど

私のつたないドイツ語で、私なりに伝えた。

「決勝だからといって特別ってことはない。どんな試合でも私にとっては特別なゴールだよ」



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勝負事には必ず勝者がいて、敗者がいる。

負けたということは、何かが足りなかったということ。

その何かを突き詰めて、また挑めばいい。


勝負にこだわって挑むから、負けた時にそれなりの悔しさを感じる。

この悔しさもまたエネルギーとなり、未来に活かされる。


未来を創造し、進み続けよう。