私はファッションに目覚めたことがあるのだが、それは意外にもミニマリストになってからである


当時はミニマリスト元祖の佐々木典士さんが話題になっていたこともあり、物を減らしていた最中であった


厚切りジェイソンとのコラボ番組で佐々木さんの所有物に水沢ダウンがあって、物は最小限であるけど一つ一つが良質なものを持っているという考えは私の価値観に今も良い影響を及ぼしている


①地獄の始まり

時は進んで、当時ファッションのファの字も知らない私は全身ユニクロだった(今も)が、ふと上記の水沢ダウンのことを思い出し、ファッションの基礎なるものをYouTubeで検索し始めた


おもにスタイリスト大山旬さん、MBさんの理論を取り入れ、YIA体だったりダークトーン、ペールトーンだったり色々学んだのである


しかし私はまだお高い服を持ったことがなかったので高級そうなブランド、インスピレーションを受けたブランドなど少しずつ検索しては沼にハマっていったのである


最初はユニクロの次に高いグローバルワークから始まり、EDWINのジーンズ、ユナイテッドアローズ、百貨店馴染みのブランドの2万や3万のカットソー、そして水沢ダウン、しまいにはカナダグースと高価格帯にまで上り詰めた


小物では7万の長財布、4万のトートバック、10万のショルダーバックである


もう気づいた人もいると思うが、この現象は


アンカリング効果


である

つまり10万のトートバックを持っていても服がユニクロだったら釣り合わないから服や財布も高いものにしよう!ってな流れで身につけるものが加速度的に高くなっていくのである


そんなこんなで買ってはすぐ慣れと飽きが来てもっと高い物へとなり、マネーフォワードでファッションにかけた総額を見ると目ん玉飛び出るレベルになったのである




②一周回ったその先は

年月が経ち、物は少ないけど所持品は高いものばかになったが、私の心は晴れることはなかった


あとこの間に気付いたことがあるので、箇条書きにしてみる


・高かろうが安かろうが出来ることは変わらない。財布はお金を持ち運ぶだけのものだし、服はLVMHであろうがユニクロだろうが効用は変わらない


・高いからといって高品質とは限らない


・高いからといってメンテナンス性に優れているとは限らない


・10万のものだからといって1万のものより10倍幸せになるわけではない


意外にも3つ目のメンテナンス性が私には心に来るものがあった


大金はたいて買ったのだから、永く大切に使いたいという心理は誰にでもあるだろう


しかし意外にも修理も満足にできないものが多かった


例えばトートバックは革製の真っ白のものだったが、メーカーで色補修は出来ないと言われたり、お気に入りだった靴は靴底の張替えではなくある程度削ってからの貼り増しで補修痕が目立つことがあったり⋯


街の修理屋さんに頼もうとしたけど、私としては「正規修理でちゃんと新品のように復活してほしい」のが強い思いだったが、現実なかなか簡単にはいかなかった


案外永く使えるものって少ない⋯

であれば私は何のために、あんなに時間かけて何日も悩んで、大金注ぎ込んできたんだろう⋯


そう思った瞬間、虚しさしか残らなかった


服もそうで、例えばスキニージーンズのような体にフィットするような服は少し体型が変われば着用が難しくなるし、その体型も1年を通じてミリ単位で維持するのはほぼ不可能なのだ


なぜなら正月太りや食の好みの変化、ストレスや季節など環境は毎日変わるからである


その諸々の現実に気付いた瞬間、私の数年に及ぶファッション熱が終了したのである