それは北部の労働者階級中心のブームに対するカウンターとしての、南部の中産階級を中心とした音楽シーンであり、ハードなギターサウンドへの渇望のはけ口として米国のグランジブームと同時多発的に発生したものだと思います。
グランジはその下地としてUSハードコアパンクがあったわけですが、シューゲは80年代前半に人気を博したネオアコースティックを轟音ディスト―ションギターで再生させたものと言ってもいいでしょう。
その特徴とは、shoegazerの名が示す通り「自分の靴ばっか見て弾いてるヤツ」。
語感としては「シュー」と「ザー」というノイズ感がとても音像に合ってると思うんですが、本場の英国人の感覚はどうなのか不明www
そもそもは、その内向的な学生(風の)バンド群を揶揄するもので、発生地域をそのまま取ってThames ValleyやHappy Valleyと呼ばれることもありましたが、世界的にもこの蔑称が生き残ることになりました。
生ギター一本で弾き語ってもいいようなメロディアスな曲を、ハウリングも厭わずにアンプの音量を最大限上げて、というよりむしろ積極的に曲の中に入れ込んでいくのが基礎的な構造。
当然歌詞など判別不能になっていくのですが、その分メロディの美しさやポップさが浮き上がるわけ。
イメージを限定してしまうような歌詞はこういうサウンドには不要、たまにキーワードがチラっと聴こえる程度の方が効果的なのです。
ただ、オリジナルシューゲイザーの神髄は、ライブでノイズの嵐を体中で浴びる体感なのでしょう。
全盛時のライドのライブレポートでRockin'On現地特派員の児島女史が「SEXなど問題にならないほどの快感」と表現していましたが、通常の音量では低音部分でしか感じられない音の波動を、もっと高い周波数の音でも味わえるまで音量を上げた、ということではないかと想像します。(そのうえ当時流行したエクスタシーなどのアッパー系薬物を摂取して、皮膚の感覚が鋭敏になった状態で聴くともう最高!ということだったかと)
耳栓が配られたというマイ・ブラッディ・ヴァレンタインの2年前の来日に行って実体験していればなぁと思いますが、もしあたしの考えが当たっているならば音響学上もひとつの発明なのかもしれません。

まずは「シューゲ御三家」から聴いてみましょう。
① ライドはオックスフォード出身。
1990年に入ったばかりの頃、輸入盤屋さんに並んだのがこの曲が入った「RIDE EP」
RIDE - Chelsea Girl (1990年)
この時期、アルバム主導でなく、3、4曲入りのEPを短めのスパンでリリースしていくというパターンが一般化しましたが、そういう流れをリードしたバンドと言っていいでしょう。
ジャケットもサウンドも鮮烈だった初期の一連のEPは、日本では「赤ライド」「黄ライド」「ペンギンライド」「鮫ライド」などと呼ばれてUKロックファンに愛されたのです。

今でこそ、シューゲの代表といえばマイブラみたいな感じで語られますが、それは発売当時はそれほど売れなかった名作が伝説化したからで、当時はライドが先頭を走って、追い風も向かい風もまとめて受けて、バカにされることが多かったこのジャンルごと背負って消えて行ったのです。

アイドル人気もあり、曲も若々しく勢いがあり、ノイジーなだけでなく、美メロと繊細なハーモニー、というのがグランジと違ってUKらしさ全開でした。
EP主導のリリース体制は、逆に言えばいい曲を短期間に書き続ける必要に迫られることにもなるわけで、音楽性も同時に進化・深化させていくことが求められたのでしょう、2NDアルバムの時期にはすでにブリットポップを先取りしたような曲を試したり、いわゆる「シューゲ」的な音像からは離れて新しい方向性を探っているのがよくわかりました。
結果的には初期のような人気を長く持続することはできず、'96年4THアルバム発売前に解散してしまいましたが、マーク・ガードナーとアンディ・ベルという2人のソングライターはそれぞれ順調に進歩していった感覚があります。
解散後アンディはリアム・ギャラガー的な新人ヴォーカルとHURRICANE #1というバンドで中ヒットを飛ばしましたが、その後なんとOASISのベーシストとして4THアルバムから参加。
2009年にノエル以外がそのまま移行したBEADY EYEが昨年末に解散!と思ったら、すぐにライドの再結成が発表。
今ごろは春のツアーに向けて昔の曲を猛練習していることでしょう。
② もう名前を何度も出しちゃったけど、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインは83年にアイルランドで結成されたバンドですが、当初はもっと混沌としたポストパンクな曲をやっていました。マイナーレーベルから3枚ほど別々にアルバムを出していますが、なかなかにとらえどころがない音。
バンドの中心人物はギターのケヴィン・シールズですが、バンドの顔はなんといってもビリンダ・ブッチャー。
87年辺りに彼女が加入して以来、クリエイション・レコーズに拾われて、シューゲ的な音像のひな型を作り上げる道を歩んだのも、彼女のこの歌声とルックスに寄り添っていったからでは?なんてことを言ってみたくなるほどの浮世離れ感。ケヴィンも歌ってはいるんですけど、こういうアー写で誰に目が行くかというのは、バンドのイメージを大きく左右するのです。

そもそもディスト―ションdistortionとは「ひずみ」であり、ノイズ=雑音・不協和音。
「きれいなディスト―ション」なんて語義矛盾もアリにしてきたのが60年代以降のロックの歴史なわけですが、雑音を突き詰めると「美」にまで行きつく。
それを見事に作品化したのが'91年リリースの「LOVELESS」
ギターロックがたどり着いた彼岸と言ってよいでしょう。
Loveless: Expanded Remastered Edition/My Bloody Valentine

MY BLOODY VALENTINE - Soon (1990年)
この曲はアルバムのリードシングルでマンチェ的なダンスビートも組み込んだ曲ですが、聴きどころはやはりJazzmasterやJaguarといったギターのアーミングが産み出す不安定に揺れ動く音程感。
雲の中をふわふわと飛んでいくような音で、重力の影響から遠ざかっていくのを感じます。
そういえば、この曲が収録されたEPは「Glider EP」でした。
ジェットコースターとかと同じで、これを気持ち悪いとしか思えない方は、気持ち良くなるまで、もうアルバム全曲聴いてくださいw
この頃ドラマーのコルムが怪我をした関係で、ドラムは彼が叩いた生音ひとつひとつをサンプリングしてから、リズムパターンをプログラミングしたもの。
YAMAHAのSPX-900というラックマウント式プロセッサーの「リバースゲートリバーブ」というエフェクトを多用したというのは有名ですが、ギターの音壁やサンプリングなども含めてケヴィンがほぼ一人で組み上げていったものなんでしょうけど、クリエイションを倒産に追い込んだと言われるほど、2年半という時間と25万ポンドとも言われる費用をかけて、完成させたのです。
これ以降はバンドとしてはほぼ開店休業状態で、ケヴィンがプライマル・スクリームに参加したりしていましたが、次のアルバムは一昨年2013年にやっとリリースされたものの、さすがにもう時代を引っ張るような力はなかったと言わざるをえません。
③ 御三家の3番目をどのバンドにするかは、人によってはSLOWDIVEだったりするんでしょうが、あたし的にはこのレディングの5人組、チャプターハウス。(SLOWDIVEとは同郷で、Voのレイチェルが下の曲にも参加してたりその後も交流あり)

2NDアルバムでは、ドラマーが脱退したという事情もあって積極的に打ち込みサウンドに接近していきましたが、シューゲサウンドは意外と打ち込みとも相性がよく、2000年代にはエレクトロニカなどと交配することになるのも、そういう性質のおかげと言ってもいいでしょう。
CHAPTERHOUSE - Pearl (1991年)
1STアルバムのこの曲は生ドラムかもしれませんが、いろんなパーカッションがシャカシャカ言ってて、まとめて打ち込みで作っても遜色ないものができそうです。
逆回転リバーブがヴォーカルなどに大量にかかっていて、この世ならざる感を盛り上げてますね。
90年代初頭は、出てくるUKバンド全部お気に入りのような感じだったので、挙げていくとキリがないのですが、特徴のあるバンドをかいつまんでご紹介します。
LUSH - For Love (1992年)
頭文字Lの方のラッシュはロンドンの学生で作られたバンド。
ライドの妹バンドというイメージですが、4ADからデビューしたのは89年、彼らに先んじてEPを続けざまにリリースしていました。
女子大生的ルックスのエマと、日本人とのハーフ、ミキの2トップ女声ボーカルが特徴ですが、ミキの12弦ギターがキラキラ感を強調しています。
4ADの先輩コクトー・ツインズのロビン・ガスリーがプロデュースしていたこともあり、音的には幽玄サウンドを受けついでいますが、もっと親しみやすく、ライドと共にポップ化していって、よりバンドの魅力が増した感もありました。
SWERVEDRIVER - Rave Down (1990年)
スワーヴドライヴァーもオックスフォード出身。
ライド以降に集団発生したシューゲ群の中ではヴォーカルが男っぽいので、むしろグランジに近い感触の異質なバンドでした。
でもギターワークなどは繊細な部分があり、やっぱりUKっぽいですね。
THE BELLTOWER - (Lost) In Hollow (1991年)
これはNY発の変種シューゲ、ザ・ベルタワー。
知る人でも知らないようなバンドですが、この曲は91年のあたしのsong of the year!
けっこうもったいぶった展開といい、渦巻くギターサウンドといい実に好みです。
アルバムは一枚だけ出ていて、シングル曲のようなシューゲ臭はなく、むしろプログレっぽい感触。
Ultimate Recordsというレーベルはこちらでは認知されておらず、日本盤は出ていませんでした。
男女のツインヴォーカルが特徴ですが、その後ジョディ・ポーターはFOUNTAINS OF WAYNEというパワーポップのバンドで成功、奥様のブリッタ・フィリップスは元GALAXY 500のディーン・ウェアハムとのデュオで活動しています。
THE BOO RADLEYS - The finest kiss (1991年)
ザ・ブー・ラドリーズはこの中では珍しく北部リヴァプール出身。
ブリット・ポップ期に大ヒットを飛ばしたバンドですが、91年にはまだ思い切りシューゲイザーしてたのです。
ポップ化して売れたのは見事な選択だと言いたいところですが、このバンドに関してはちょっと明るくなり過ぎて、本来持っていた風味が消えてしまったと感じています。
ヴォーカルのサイスがEGGMAN名義で出した「FIRST FRUITS」がブリットポップな中にもその風味を湛えた名作だっただけに、主導権をマーティン・カーに奪われたということなのでしょうが、ちょっと残念。
次にシューゲの祖先ともいうべきバンドを2つ挙げておきます。
① ザ・ジーザス&メリーチェインはスコットランド出身。
デビューは84年で、この曲はまだまだニューウェーブ色の強い音像ですが、ポップなメロディにノイジーなギター、明らかにシューゲのプロトタイプですね。
後ろでテキトーな太鼓を叩いているのは、もちろんPRIMAL SCREAMのボビー・ギレスピー。
THE JESUS AND MARY CHAIN - Just Like Honey (1985年)
92年にマイブラ、ブラー、ダイナソーJr.などを前座に従え「ローラーコースター・ツアー」というのを行ったのですが、シューゲイザーの「始祖」と「頂点」「次代の雄」に加えて、大西洋の向こうから「グランジの尖兵」までもが顔を揃えたという、時代の転換を象徴するかのようなものだったのですねぇ。

② コクトー・ツインズは、80年代に耽美派として名を馳せたスコットランドのバンド。
当時はシューゲの文脈で語られることはLUSHとの関係以外にはなかったと思いますが、音色こそ歪んでいないもののギターの音で幽玄な絨毯を敷いて回るような音像も、エリザベス・フレイザーの独特な節回しで歌詞の存在をなきものにしているかのような歌も、シューゲイザー達の原風景としてインスピレーションになったことでしょう。
Cocteau Twins - Lorelei
スタイルとしてのシューゲは1990年から92年までにほぼ出尽くした感じで、その線の細さもあって同世代のバンドにもさんざんコケにされた上に、自分達自身も音楽性を変えていったので、90年代後半には絶滅したように見えたわけですが、その英国ロック直系の豊かな音楽性を愛でた層は確実に存在したわけです。
マイ・ヴィトリオールは「絶滅危惧種発見!」のような感じでそれなりにヒットした、遅れて来た英国産シューゲ。
MY VITRIOL - Grounded (2001年)
英国以外の欧州各地やここ日本でも、その系譜は世紀をまたいでインディーに継続して存在していたし、アイスランドのシガー・ロスSIGUR RóSのように、2000年代に世界的に人気を博すようなバンドも現れるのです。(彼らなどアイスランド語はまだしもホープランド語という造語で歌っていて、歌詞は聴こえても意味は皆目わからない。)
特に米国では、エレクトロニカのようなプログラミング中心の音楽とも結びついたり、ポストロックの流れにつながるひとつの潮流として確実に命脈をつないでいったのです。
そんな流れの中でノイズギターという要素は特に必須でもなくなり、浮遊感たっぷりの幻想的でありながら親しみやすいメロディを前面に打ち出す「ドリームポップ」と呼ばれる傍流も産まれました。
その流れの先に出現した2010年代の米国代表として、テキサス州オースティンのリンゴ・デススターを最後に紹介しておきましょう。
新作を出すごとに良くなってきているバンドで、昨年のあたしのベストアルバム5位にも選ばれました。ジャケットもいいね。

RINGO DEATHSTARR - God's Dream (2013年)
ライドの再結成に湧く今年のUKですが、スワーヴドライヴァーも新作を出すようだし、シューゲイザーを恥ずかしいもののように扱うのはもう終わりになるのかもしれません。
周りの思惑を気にして、好きなものを好きと言えないことの方が恥ずかしいのです。絶対。
