皆様 こんばんは!らんちゃんです音譜

突然ですが・・・
今一番求めているものは何ですか??

って

本当に突然すぎますよね~あせる

 

ここのところ、ブログの更新もぱったりなくなって(いやいやだいぶ前からですが…汗
月1回のお話しの会も、飛んでしまう月があったりして・・・

息子君も20歳になったし

視覚障がい児の母であるということを忘れているびっくり時間もしばしばで…。

 

そうなってくるとね

勝手に思うの

 

らんどまーく もういいかな~ってあせる

 

これってね、私の悪い癖だということはわかってるの。

息子君が幼稚園、小学校時代にほぼ毎日書いていたヤフーブログ

ある日突然、

「私、何のためにこんなことしてるんだろう?」

「自己満足のようなこんなブログに時間を費やして、なにかうみだしていることってある??」

そんな風に思ったんです。

ず~っと書いてても読まれてはいるようだけど、反応もないしそれを通して誰かとつながることもない。
mixiもやってたけどね、結局うちよりも小さいお子さんばっかりで、私が出会いたい人とは全然出会えなかった。(でもこのころ知り合えた後輩ママさんと、今でもつながれていることは、本当にうれしいことです。感謝ラブラブ

 

地元でも同じような境遇のお子さんを育てている人はいない。

NETに求めても、出会うことが出来なくて、寂しかった~えーん

だから、息子君から「どうして僕にはお友達がいないの?」って聞かれるたびに、切なかったんだよね笑い泣き

「ママにもいないんだよ。」そう言いたかったよあせる

 

でね、ブログも消してmixiもやめた。

子供の前では強い母でいなくちゃいけなかったけど(そうおもってた)、私自身はいつも迷走状態あせるそんな時代もあったよね~。

 

今では消してしまったことをすごく後悔しています。
だってみんなの参考になったと思うよ~。うんうん そう思う。

 

 

だってさ、先人がいないんですから。

何をやろうと思っても、

「前例がないから」

「許可がないと」

「対応はできません」

毎回却下笑い泣き

そりゃつらいって・・・

くさるって・・・

そのたびに凹んで、あろうことか息子や娘に

「ひどいとおもわな~い 前例なんて誰かが作らないといつまでたったって生まれないんだよ~。」って吠えてました。

子供たちは、はいはい いつものことだよね~。って思ってたと思う。(じつは思いとは裏腹に、全然強い母じゃないえーん

 

そういいながら

ひらめき電球ひらめき電球ひらめき電球

 

そうじゃん!!

前例になればいいんだよ~。って、だんだんと肝っ玉かーちゃんに進化していったわけです。

「前例がないですね~」っていわれてから

「無理です」って言われてからがスタート(バーン爆弾)ってことにした。

 

「前例がないですね~。」
「ですよね~。そうだと思いました~。だから我が家がその前例になりますから。おねがいしま~すっ!!」ってな感じ爆  笑

その間、どうしたらいいと思う??
 
そんな相談ができるママ友はいない。
悶々としてきた~って思ったときは、またまたお子様に話す。
 
ね~
どう思う??
どうしたい??
ね~ね~ね~ びっくり
 
こんな子育てしてたから、子供たちはかなり早い段階から自分の考えとか、意志とか持つようになったのかな~って。
ふた言目には、だって私の人生じゃないし~。とまで言う始末。
じつはね、成長した娘に一番言われたくなかった言葉って言われたのがこの言葉でした。
 
「だって~私の人生じゃないし~。」って言われるたびに、
「わかったそれは言うな」って思ってたよ~。ってねウインク
反省しつつも、「だって事実じゃん!!」って言ってる母あせる

でもね、
母親が悩み苦しんでいる様子って、見せてもいいんだって振り返ってみてそう思う。
つねにこっちから相談してるとね、子供達も困ったり、悩んだりしたとき、話してきてくれるんだな~って。
 
くちを開けば、ああしろこうしろ、ああじゃないこうじゃない そんな会話しかなかったら、私だって相談したくないもの。
 
健常児の娘もよく言ってました。
友達はみんな、親になんか相談しないよ。
友達同士でもしないかも!!
 
なんで~??
親に話したらけんかになるし、
友達に話したら、ばれて広まるから汗
 
じゃあ、誰に相談するの?
スクールカウンセラーガーン
 
でも、これって大人同士でも同じかなって思ったよね。
友達同士腹を割って会話ってなかなかしない。
悩んだら、占い師やセラピスト、カウンセラーのところに行く。
 
おかしな世の中。

親は子供が自分の足で立とうとしている、歩き出そうとしている邪魔はしちゃいけないんですよ。
 
子供が小さなころは前を歩き、道を作る。
そのうち、横に並んで手をつなぎながら進む。
そして1歩下がってフォローして、
段階を追って陰から見守る。
 
あれ?これって、私がやってきた単独通学へのプロセスとおんなじ~。

だらだらと書いてたら、まとまりがつかなくなってきちゃった。
本題に戻そうウシシ
 
いま求めているものは何ですか?でしたね。
 
視覚障がい児を育てるための情報ですか?
横のつながりですか?
自分を丸ごと受け止めてくれる人(場)ですか?
それとも、わが子の将来に期待を持たせてくれるようなイメージ??

そこを明確にしてみませんか?
明確になったら、それを知るため、得るために一歩踏み出してみましょう!
 
らんどまーくを始めたわけは、今なら当時の私がほしかったもの、場、人を用意できるかもしれないと思ったから。
そこを忘れかけていた自分がいました。
 
先日のらんどまーくのお話しの会で、久しぶりに思い出したよ。
みんな仕方ないって、我慢しながら日々暮らしてるんだね。

当時の私がそうだったように・・・。
 
わたしがやるべきことが、ちょっと見えた気がしていますウシシ
 


 

 

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久しぶりのお話しの会

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皆様 こんばんはビックリマーク らんちゃんです音譜

久しぶりにお話しの会を開催しました!!

 

卒業生から届いた巨峰をみんなにもおすそ分け

 

 

わ~ こんなに大きな巨峰 なかなか食べられないよ~。

あまいね~~。ってウシシ
みなさんおおよろこび~~ラブラブ

4月から別の学校に通っている子のママ

やっとくることができました。
でも、1時間しか時間がないんです~って。


ではでは

一番最初に話をしてもらいましょうか~~爆  笑
はい4月の入学からどうぞ~~~。

 

興奮気味にお話しするママさん

いっぱい いっぱいたまってたんだねビックリマーク

どんどん話してしょい込んだ荷物おろしちゃおう。

 

それでどうなの、お子さんは十分なじんでるみたいだけど、問題はママにありなんじゃな~い??

はい
直球を投げてみたびっくり

 

そしたら、かえってすんなりねビックリマーク

今日もこの後行かなきゃいけないんだけど、できれば行きたくないの。

 

がんばれ!

がんばれ!

〇〇さんているでしょ
私のお友達だからグッド!とか

続きは来月聞いてあげるからまた出てきてね!!

 

みんなで送り出しました。

 

お次はだ~れ??

私は別に話すことはないよ~。な~んて言いながら・・・

それでどうよ~って話しを振ると、まあまあ出るわ出るわ(爆)

科学へジャンプに行ったメンバーも数名いまして、その様子をお話ししてくれたり、その時の感想をシェアしあったり・・・。

 

カタツムリネタにみんなが共感してくれたことが驚きとうれしさが・・・。なんていうママさんもいたり

 

らんどまーくのお話しの会のメンバーは、現在盲学校に通う人の方が少なくなってます。

だからこそ こうして集まって話をすることで日ごろ少しづつたまってしまったストレスや不安が解消されていくのだと、みんなが再確認しているようでした。

 

お子さんの急な発熱の為、参加できなかったママさん、

今日はらんどまーくで自分のやる気を盛り上げようと思って、行く気満々だったのに・・・って笑い泣き

みんなで集まって何気ないお話をすることで、充電ができるんですねウシシ
ひさしぶりのお話しの会

今日も大成功!!!

 

次回のお話しの会は、10月10日で~す。
 

 

 

 

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 祝 20歳!!

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皆様 こんばんは らんちゃんです音譜

 

かなりご無沙汰しているうちに、夏休みも終わってしまいましたねビックリマーク我が家の夏休みは、仙台に1泊旅行に行ってきましたよウシシ

 

 

皆さんのご家庭では、どんな夏休みを過ごしましたか??

 

さてさて本日9/2は、息子君のお誕生日で~すバースデーケーキ
おめでと~~~クラッカークラッカークラッカー

今年はなんとビックリマーク

20歳になりました~~~ラブラブ

 

振り返れば、本当に色々なことが思い出されますね。

そうそう、先日ずっと怖くて開けなかった当時の日記帳を開いてみました。

障害があると分かった当時の日記帳は、辛すぎて以前に破棄してしまったんですあせる(当時は本当に苦しんでいました)

今残っているのは、3歳で完全失明した当時の日記帳。

 

ぱっと開いたページが、当時の私が息子にあてた手紙のページ。

そこを読み始めた時点ですでに涙があふれてきちゃいました~。

やっぱり無理だ~って、もう一度封印したの。

とてもとてもよめませ~んあせる

でも今回、20歳を迎えるにあたって最初のページから読み始めました。

 

生後8か月から左目にかすかながらものがうつり始め、片目で物をとらえていた息子君。

 

3歳になってちょうど1か月を迎えたころ、すべての光を失った息子くん。

手術を受けてから再び書き始めた日記帳本

来る日も 来る日も祈ってました。

 

もう1度光を取り戻せますように

しあわせになりますように
元気になりますように(重い喘息をもっていました)

毎日笑顔が見られますように・・・

 

とにかく

毎日 毎日祈ってる音譜

 

ほかにも色々な問題が次から次へとやってきて、とにかく苦しかったあのころ。

 

翌年は姉と同じ保育園に入れることができるかな~?

な~んて考えていたのに、そんな思いは一気に吹き飛んで「盲学校幼稚部」に入学を決めた。

そのころの記録も出てきました。
3歳入園当時、言語にかかわること以外、1歳半の能力しかなかった息子君。
特に指手の使い方、生活能力については本当に低かった。
目押しを禁止するために、ずっと腕を固定していましたからね~あせる
 
そんな息子君も幼稚部1年目を終わるころになってやっと生活能力が追い付いてきましたねビックリマーク
幼稚部の頃から、宿題が山のように出ていたあの頃ウシシ
幼稚園児なのに、かなり学習してました 笑
 
小学校卒業の頃まで、放課後や休日の予定がびっちりで、担任が変わるたびに「すごい予定ビックリマークいつお休みするんですか~~?」って聞かれていました 笑笑
 
 
小学部の頃は、単独通学ができるようになるために1年生のころから路線バス通学を始めました。
訓練としてではなく、自然に身につけていくようにしたかったから。
一般的には4年生からといわれていましたが、とてもとても無理~。って思ったあのころ。
だって体が細くて、ちっちゃくってさすがに危険すぎる~~えーん
 
それでも、5年生から一人で通学を始めた息子君。
私は体的には楽になったけど、毎朝ハラハラ ひやひやしてましたね~~~。これはこれでつらかったえーん
 
単一全盲児がいない盲学校でしたから、とにかく何をやるにしても、前例がないことだらけで、毎回学校で会議にかけられて… 
なかなかOKが出ないから、返事を待たずに開始~~~~叫び
遅れて学校OKを出す みたいなウシシ
 
 
中学受験をするか?
高校受験にするか? 悩みましたね~~~ウインク
 
結果高校受験にしたわけですが、ポイントは姉弟の関係性と、健常者とのかかわりを増やしておきたいという点でした。
 
家を出たら、もう地元に戻ることはないと確信していましたから(地元には彼の仕事はない)、たかが3年焦って出す必要はない。
 
私がそばにいることで、健常児と関わる時間を増やすことができると考えたのです。
ですから、中学時代は一般の中学生に交じって英語の暗唱大会や弁論大会、様々な検定試験に取り組みました。
英語の塾の先生や仲間たちには、本当にお世話になりました。

ほ~んと意味のある3年間だったと、今思い返しても思いますグッド!
 
私がずっと思っていたこと
「期限付きの子育てをする」
全盲ですから、いつになっても心配は尽きません。
 
できる事ならずっとそばにいて見守りたい。
ずっと目の代わりをしてあげたい。
 
でも、将来自分の足で立ち、自分自身で歩いていかなければならないわけです。
だからこそ、そうできる人として育てていかなければならないわけです。
行動だけではありません。
メンタル面においてもフォローが必要。
 
もちろんいまでも、ずっと続けていますよ。
普通の親子の会話じゃないと、いつも思う~ウシシ
 
この20年間私が常に考えていたことは
「今、私ができること、してあげられることは何か?」
当たり前のことですが、これにつきますね~。
 
 
以前、同じように全盲児を育てているお母さまにこんなことを言われたことがあります。
「筑波に入れて、はい おしまい!そんな人ばかりじゃないのよ。視覚障がい児は・・・。」
正直、かなり驚きました汗
 
筑波に入れてはい おしまい。
 
そんな風に思ったことは1度もなかったし、そんな親いるのかな?
なによりそこに至るまでだって、どの親子もがんばってきたはずなの。同じ視覚障がい児を持つ親同士ならわかるよね~。って。
 
私は思う
危ないから、心配だからと守り続けるよりも
一人で歩いていきなさいと、距離をおいて見守り続ける方がずっとつらいし大変なことじゃないのかな?って。
 
私は個人的にそう思ってました。
だってそうでしょ~
親が代わりにやってしまう方がずっと楽だし、早いですよ。
親の時間を自立のために与え続けるということがどんなことが、わかりますか??って…。
 
そんなこともありましたねウシシ
まあ、障害の度合いもまちまちですし、とらえかたも様々ですから、一概には言えません。
当時私が参考にさせていただいていた先輩ママさんは、聴覚障がい児を育てている方。
まったくちがう状態ですが、何か役立つこと、参考にできることはないか?そんな風におもっていましたけどね~。
 
 
20歳になった息子。
現在大学2年生。
 
小学校時代に何より私を苦しめた言葉
「どうして僕には友達がいないの??」
 
地方盲ゆえの悩み。
交流校のお友達は、遊んでくれるかもしれないけれど、「僕の友達」といえる存在ではなかった。
 
でも、今では毎日友達と一緒です。
朝起きてから夜寝るまで、ずっと誰かしらと話をしたり、作業(仕事?)をしたりしています。
 
はてなマークはてなマークはてなマーク
 
はい。
Skype
これがあれば、いつでもどこでも仲間とともにいられるんですねビックリマーク
我が家は昔からオープン状態でSkypeをしていますから、私はすぐに乱入します(爆)
「〇〇さん、最近調子はど~お~?」なんてね。
 
健常児の姉の交友関係とは少し違うけれど、それが彼らの日常。
もちろん、誰か家に集合!!ってこともよくやっているようですけどねウシシ
 
 
20年前
視覚に障害があるといわれたとき、主治医に言われてどうしていいのかさっぱりわからなかったこと。
意味不明なんですけど~~~。ってボー然としたこと。
 
「普通のこと同じように育ててください。」
 
いまならわかりますウシシ
 
そもそも・・・
普通の子の定義ってなに?
 
障害がないお子さんを育てているお母さん方だって、誰もが手探りで悩みながら、苦しみながら子育てしていると思うの。
現に私も健常児の姉を育てている中で、いろいろ悩んだし苦しんだり、壁にもぶち当たったものですから。
 
それぞれが、それぞれに悩みながら子育てをするもの。
どのご家庭も問題となる点はちがうものです。
見えない子を育てた私は、見えないという点においての壁にぶち当たりながらの子育てだった。というだけのこと。
見えたって 見えなくたって子育ては大変なのよビックリマーク
 
むしろ、20歳と21歳の子供たちが一緒に旅行に行ってくれるなんて、幸せな家庭ですラブラブ
 
うしなったこと
できないこと
マイナスな面に目をむけるのではなく
 
できること
伸ばしていけること
障害があったからこその一面
そちらにフォーカスして、夢をもって生きていくことを大切にしていけば、きっとその先には明るい未来キラキラが待っていると私は思うのです。
 
息子や友人たちも口々に言います。
自分が何をしたいのか?希望を持たない人たちが多すぎると。
親の言うがままに生きているだけで、未来は作れないと。

そんな会話を聞いていると、そんな会話ができる友達を得た息子が誇らしく思えるのです。
 
20歳のお誕生日おめでとうビックリマーク
我が家に生まれていてくれてありがとう。
私たちを親にしてくれて、本当にありがとう!!
 
今子育て中のお父さん、お母さん
全盲でも、毎日楽しく暮らしていけるんです。
大丈夫
大丈夫
 
お父さん、お母さんが明るく元気に、お子さんを愛情いっぱいに育てていけば、必ず幸せな未来につながります。
甘やかすことが愛情ではありませんよ!!
 
長々とお付き合いいただきありがとうございました。
20年前の私が、こんな未来が来ると知っていたら、あんなに毎日祈り続けてはいなかっただろうな~。って思いながら、書きましたにひひ
 
 
 
 
 
 
 

 

 

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実際のところは?

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皆様 こんばんは!らんちゃんです音譜
先日、久しぶりにブログを更新させていただきました。

翌日びっくり仰天!!

さぼりっぱなしのブログにもかかわらず、ぐ~~~~~んと閲覧数が一気に伸びてました。
更新を待っていてくださる方々が、こんなにたくさんいるのかと改めて感謝の気持ちでいっぱいになりました。

そして、今日の閲覧数を見てもかなりの件数で、個人的に私が書いているブログでは到底出すことができない数に、なんと!!!と思うらんちゃんでした爆  笑

皆様、いつも見守っていただきありがとうございます。

 

さてさて・・・

NET上のニュースについてはあまりリツイートしたり、コメントをしたりしないわたくしですが、かなり前に「白杖 頭上50㎝はSOSのサイン」については、これってどうなのかしら??とつぶやいたことがありました。

その記事を見たときに、ぱ~っと浮かんだ光景

 

たくさんの人が往来する街で、息子君がこのサインをしています。

ですが、全然誰も声をかけてくれません。
気にはなっているようなんですが、声をかけてくれる人はいない。

 

わたしはそこにはいなくて、違う場所からその様子を悲しい気持ちで見ている様子が浮かんだの。

 

本当の私、思わず頭をブルンブルンと振って

「こんなサインがなければ困っていることに気が付かない世の中って何なのよ。サインなんてあっても、みんな誰かが声をかけてくれるって思って助ける人はいないんじゃない!!」とかなしさと、怒りとは違う複雑な何かがこみあげちゃったの。

でも、世間は(健常者さんたちね)、どんどんシェアとかリツイートしててあせる

色々な意見はあると思うけど、個人的には

「これって本当に当事者たちが考えたことなんだろうか??」

「そもそも、全国の当事者たちが知っていることなんだろうか??」という疑問でいっぱいになりました。

 

今日、PCを立ち上げたらこんな投稿を見つけました。→ベル

 

色々な見解があると思いますが、私もそうだよね~って同感だったのでブログに掲載させていただきました。

 

 

 

 

 

 

今 思っていること。

テーマ:

皆様 こんばんは! らんちゃんです音譜

まったく更新がないにもかかわらずあせるいつもたくさんの方々に足を運んでいただけていることに、感謝するとともに「書くこと見つからなくてごめんなさい・・・。」と思うのでした。

以前にも書いたことなんですが、何となくNET で見つけたニュースとかをシェアするとか、そういうことが ど~もできない性格でして…汗
だってどこまでが本当の情報なのか??と思ってしまうから。

 

まあ、いずれにしても子供が巣立ってしまってからは、私自身情報を集めなくなっちゃったんですよね笑い泣き だからあまり知らないし。
らんどまーくを立ち上げたころは、そうはいってもまだ中学3年生から高校生でしたからダスキンとか、Do itとか科学へジャンプとか…。

我が家に関係しそうなものについては、アンテナ立ててましたけどウシシ

今では、ブラサカとか、クライミングとかいろいろ集まれる場が増えましたよね!!

 

先日は、友人からサマーキャンプのお知らせをいただきまして…。
いいねグッド!

いいねグッド!

って思いながらお話を伺っていました。

 

おかげさまで〇〇がない県 3県で、必ず名前が上がる(爆)山梨県にも、クライミングのクラブが立ち上がったり、ブラインドヨガが始まったりしておりまして…。

なんとすばらしい!!!!と思っている次第です。(やるじゃん山梨県ベル

 

そんな中、らんどまーくも立ち上げから5年が経ちました。

早いものですチョキ
始めたころには想像もしていなかったようなことが起こっている気がしているのは、きっとメンバーも同じでしょうビックリマーク

 

息子が附属を受験すると決めたとき(前々から決まってはいましたが・・・) 20年ぶりの受験生と言われたわけです。

それも、20年前は弱視児さんだったわけですから、全盲児は初です。

それはそれは大騒ぎだったような…。
でも、先生方皆さん本当に尽力を尽くしてくださいました。(感謝)

 

それからというもの、お話しの会やブログ等々で学校での様子や寮生活のことなどなど、実際の「生声」をお伝えしてきました。

そんな甲斐もあり?!その後に続いてくれる後輩も生まれました。

今後も続いてくれそうな気がしていますウインク 

 

「附属を受験させる」と決めてはいたものの、

「本当に入れないとだめなの?」

「地元から大学っていけないの?」 (きっと行けないあせると思ってはいたもののゲラゲラ)などなど・・・正直思っていました。

 

学年が上がると将来のためにと、寮でのお泊りをさせる子が増えてくるようになっていましたが

「ほんとに必要??」

「連泊??」

結構、逆走もしていましたねビックリマーク

 

だってさ、急がなくても寮生活になっちゃうのよ。

必要最低限のことができていれば、自宅で過ごさせてもいいよね~。な~んて 内心は思っていたわけでべーっだ!

1度県外に出たら、もう戻ることはないと思っていたから。

だって、県内では全盲者が携われるお仕事なんて、鍼灸師以外ないものね~笑い泣き (わが子はその道を望んではいないしあせる

 

でね、

話は戻るけど、毎月1回開いてきた「お話しの会」

この5年間ほぼほぼお休みした月はないんです。

そうそう!

私がインフルエンザになっちゃったときくらい叫び

 

絶対数が少ない視覚障がい児の親の会ですけど、その割には毎回人数的にも多くって、おかげさまでにぎやかな会を開いてきました。(だよね~)


でもねビックリマーク

私的には、そろそろ変化が起こらないかしら?ってずっと思っていたの。

私がおぜん立てした会ではなくて、必要だと思う人たちが声を上げてくれないかな??ってね。

 

昨年にも1度そんなお話をさせていただいたので、動いてくれる人も現れました。
気にかけてくれる人も現れました。

みんな、「なくなったら困るの~~~~。」って言ってくれる。

そんな気持ちがとてもうれしい。

 

でもねビックリマーク

でもねビックリマークビックリマーク

 

現状は少しずつ変わってきてるのよ~。明らかに。

5年前のままじゃない。

行きたい気持ちはあるけど、なかなか行けない人がいる。
うんうん

そうだね

そうだねビックリマーク

だからさ、いつなら来られる??って聞いてるんだよねべーっだ!

 

 

それと同様に、このブログ・・・。

私が毎日更新しているころはメッセージとか送ってくれる方もいましたね。

いまでも、たま~にくれますウインク(うれしいです)

 

でもさ、不思議なことにそういう風にアクションくださる方たちって、意外と人口が多い県の方だったりするの。

 

大阪、神奈川、千葉、東京・・・

私が直接お会いすることがなくても、大阪ならこの方とこの方をつなげるか。

神奈川には、こんなママさんがいたな・・・。

そんなお手伝いもさせていただきましたねビックリマーク

 

 

ふむふむ

おかしいな~。

日本には47都道府県あるのよね…。

わが県のようにちっちゃな県の人って、同じような人と出会うって難しくないのかしら??

出会いたかったりしないのかしら??
私は、めちゃくちゃであいたかったんですけど~あせるあせる

 
まあ、人は人ですからいいんですけどね~。
少なくとも読んでくれてる人は、日に日に増えていたわけですし…。
でも、私の不思議センサーはいつもそこに反応してましたよ。
 
私の理想はね、皆さんからこんなことで悩んでるんだけど・・・。
とか、こういう時どうしてますか??なんていう質問とかもらえて、みんなで盛り上がれたらいいな~って思っていたりしたの。
まあ、そんな提案したことなかったんですけど~あせる

このブログも、メンバーさんが自分で書いてくれたりしてもいいよ~。っていって、けーんちゃんなんかが書いてくれたりもしてました。
 
5年がたって、今年でわが子は20歳になります。
私の中で、20歳って特別な年齢なの。(個人的考えですウシシ
どう特別か?って・・・
 
親からの独立グッ
まあ、すでに我が家は2人ともほぼほぼそんな状態なんですけど。
 
だからね、このらんどまーくの立ち位置について、考えているわけなんです。
「メッセージを送るのは、お忙しい中 悪いっかなって思ってました。」とか、
さくらんぼ狩りとか、サマースクールとか、募集かけているにもかかわらず、
「参加したら悪いって思ってました。」
「ご招待いただいたから行ってもいいかなって思って…。」って言われたときに、
「え”~~~~~そうだったんだ~」 びっくりってび~っくりしちゃった。
 
なるほど~。
わからないものですね~~~あせる
 
何人かの人にね、「有料」で相談ににりますよ~ってしてみたら?って言われたこともありました。
無料で相談に乗ってもらうのは、忙しそうならんちゃんだから「悪いあせる」って思うんだよ。って。
 
それこそ え”~って思っていたら、そういうサービスをしている人もいたんだね(汗;)
 
今年も、昨年も、さくらんぼ狩りに参加してくれた県外の方々とお話しさせていただいたときにね、暗い表情からだんだんと明るい感じになってくれることが本当にうれしくて…。
 
ブログは一方通行で、どんな方が、どんな風に読んでくれているのか?
参考になっているのか?
まったくわからないから、会えるってうれしいことだな~って思いました。

当時の我が家は、静岡県、長野県、東京都、千葉県、岐阜県・・・同じようなお子さんがいるって聞けば会いに行ったものです。
 
だって、当時はSNSってなかったし、視覚障がい児対象のイベントもなかったんだもん。
 
そんなことを思い出しながら、不動になりつつある(いやすでになってる) らんどまーくの今後を日々考えているらんちゃんでした。