
鳴尾高校2年時の担任をしていただいたのが30代前半の若き伊藤政毅先生であった。修学旅行の信州では満天の星を眺めながら文学や人生を語っていただいたし、悪戯で消化剤を教室中にぶちまけた時も、叱られ(いや、呆れられ)はしたが一緒に授業担当の先生に謝っていただいた。秋に突然職員室に呼び出され「北垣、部活してないのなら私が顧問しているラグビー部に入れ!それがだめなら来年、私が担当する生徒会役員に立候補!とにかく積極的に学校に係れ!お前暇やろ」と熱弁をふるわれた。その年からラグビー部顧問になられ部員確保に自ら生徒に声をかけておられ、多くの同級生を勧誘された(翌年、ラグビー部は近畿大会に出場)のと同時に、より積極的な生徒会を作ろうと動いておられたのである。私はラグビー経験者の親父の猛反対もあり、伊藤先生に言われた生徒会副会長となった。3年になり担任は外れたが伊藤先生と生徒会で一緒に仕事を、と楽しみにしていたが伊藤先生は急なご病気で休職されてしまった。授業が終わった後、入院中の兵庫医大に友人達と何度かお見舞いに伺った。車椅子に乗って面会の場所まで来られる伊藤先生にお会いするのは嬉しくもあったがつらい一時でもあった。残念ながら2学期早々、伊藤先生は多くの教え子に惜しまれながら夭逝された。大学入学後、私は伊藤先生に勧誘されたラグビーを始めた。今でも鳴尾高校ラグビー部を中心とした同級生の飲み会によく出席する。毎回のことではあるが昔の無茶話と伊藤先生の思い出を皆で語るが話の尽きることはない。素晴らしい先生との出会いであった。(画像は信州への修学旅行の宿で、右端が伊藤先生)