地域医療構想の推進や、深刻化する医療従事者の偏在問題に対峙する中で、我々医師会が運営する看護師等養成所(看護専門学校・准看護学校)は、単なる教育機関を超えた「地域医療の生命線(インフラ)」としての役割を果たしてきました。その最大の実績は、圧倒的な地元定着率(地域就業率)にあります。近年のデータによれば、看護系大学卒業者の県内就業率が平均58.2%に留まり、都市部や大病院への偏在が顕著であるのに対し、医師会立養成所(3年課程)の県内就業率は平均8割を超えています。
山口県防府市の事例では、市内で就業する看護師の4人に1人、准看護師の2人に1人が地元医師会立学校の卒業生であることが判明しています。さらに、准看護師は有床診療所や介護保険施設における看護職員の約4割以上(都道府県によっては50%以上)を占めており、地域のかかりつけ医や中小病院、在宅医療・介護の現場を下支えする主戦力にほかなりません。また、安価な学費で資格取得の道を開くことで、社会人のセカンドキャリアや生活を支えるセーフティネットとしての社会的使命も担ってきました。
しかし、この地域医療の供給源が今、崩壊の危機に瀕しています。少子化に伴う入学者減少に加え、近年の急速な大学志向・大学新設の乱立は、専門学校や養成所の学生確保を破滅的なまでに圧迫しています。
中四九地区医師会看護学校協議会等のアンケート調査が示す実態は極めて深刻であり、全国的な学生の充足率は3年課程で90%を切り、2年課程で70%程度、准看護師養成所に至っては64%にまで落ち込んでいます。また、全国の医師会立養成所数は、平成30年度から令和5年度のわずか数年間のうちに、准看護師課程が177校から137校へ、看護師2年課程が70校から56校へと閉校により急減しています。(実は地方大学の看護学科も、2〜3割の大学で、、この数年で新規募集を止めるとのこと)
この背景には、志願者減少による慢性的な赤字運営だけでなく、カリキュラムの高度化(ICT化や高性能シミュレーター導入)に伴う莫大な設備投資の必要性があります。 syndicated人件費の高騰も深刻であり、学校運営費の約8割を人件費が占めるケースもある中、もはや単独の医師会・単独の学校の自助努力でこれを維持することは限界に達しています。
この厳しい現実を乗り切るための戦略として、現在強く推奨・検討されているのが「集約化(統廃合・連携)」です。具体的には以下の3つの方向性が挙げられます。
- ① 物理的な学校の統合(施設の広域化) 従来の「1医師会1校」のモデルから脱却し、二次医療圏内や近隣の複数医師会が連携して1つの拠点校へと統合(合併)するアプローチです。学生数を一定規模に集約することでスケールメリットを確保し、老朽化対策や電子カルテ・シミュレーター等の最新教育環境への投資資金を集中させます。
- ② 教員・カリキュラムの集約化(人的リソースのシェアリング) 運営の最大のボトルネックである教員不足に対し、学校間で連携してICT(オンライン授業・遠隔教育)をフルに活用します。優れた教員の講義を複数校で同時に共有(集約)受講させることで、講師探しの労力とコストを削減しつつ、高い教育水準を担保(均伝化)することが可能です。こうした遠隔講義システムの活用による効率化は、すでに大手予備校等でも広く導入され、成果を上げている手法です。
- ③ 実習施設の集約と拠点病院との連携 高度化するカリキュラムに対応するため、複数の小規模校が個別に実習先を開拓するのではなく、集約された学校組織として地域の中核病院(総合医療センター等)と折衝を行います。これにより、質の高い臨床実習枠を安定的に確保しやすくなります。
一方で、集約化の推進には「医療政策上の強いジレンマ」と看過できないリスクが伴うことを忘れてはなりません。学校が遠方に集約・広域化されると、「地元で学び、地元の開業医や中小病院・クリニックに就職する」という従来のエコシステムが崩れ、卒業生が都市部や大規模病院へ流出する「ストロー現象」を招きかねません。これは過疎地や地域クリニックの看護師不足をさらに加速させる恐れがあります。
また、学校の所在地が市外・圏域外へ移転することにより、これまで拠出されていた地元自治体からの運営費補助金が打ち切られるリスクもあり、統合に向けた複数自治体間の財政調整は極めて難航する可能性があります。
学校の維持・存続は、そのまま地域の病床機能の維持(地域医療構想の実現)に直結する死活問題です。単なる「赤字減らしの統廃合」で終わらせないためには、国や自治体に対する強力な働きかけと、実効性のある公的支援の確立が急務です。そのため、日本医師会は国に対し、以下の事項を強く要望しています。
- 財政的支援の抜本的拡充:地域医療介護総合確保基金の拡充、および現在の教育環境や運営実態に即していない「標準単価」の大幅な見直し。さらに、学生の学びの公平性の観点から、学校法人立の専門学校と同等の財政支援を行うこと。
- 困難な学生への経済的支援の充実:各種奨学金制度の拡充とともに、国の「高等教育の就学支援新制度」や日本学生支援機構の対象外とされている准看護師養成所(専修学校高等課程、各種学校等)に通う学生や社会人入学者への公的支援・奨学金の対象拡大。
- 専門実践教育訓練給付金の要件緩和:指定講座の要件である「就業・在職率80%以上」の算定において、准看護師からさらに看護師課程へステップアップする「進学者」を実績(分子)に含めること。
- 実習施設確保への介入・施策の実施:大学との実習先争奪戦やコロナ禍以降の受け入れ制限に対し、都道府県等による適切な調整や受け入れ医療機関へのインセンティブ付与を行うこと。
急激な少子化に伴う生産年齢人口の減少が進む中、これまで通りのやり方だけで看護人材を確保し続けることは不可能です。しかし、地域における医療・介護体制の確保は住民の生活の根幹に関わるものであり、本来、看護職の確保は自治体側の責務でもあります。各自治体においては、医師会立養成所が果たしてきた多大な地域貢献度を改めて正しく認識し、医師会に運営を丸投げするのではなく、「行政と医師会が一体となって地域で看護職を育てていく」という確固たる姿勢を示していただく必要があります。単なる経営効率化のための統廃合に終始することなく、地域のかかりつけ医への人材供給機能をいかに維持・発展させるか――これこそが、これからの地域医療の未来を決める最大の論点です。
(次回は西宮市医師会立看護専門学校の現況について記載します)