新年早々に発生した能登半島地震のニュースに対し、東日本大震災と熊本地震に兵庫JAMTとして出動した経験もあり、今回も早期にJMATとして出務しました。今回、兵庫JAMTの現地での役割は避難所訪問(支援JMAT)ではなく統括業務で、私が参加した第4班の活動について簡単に報告させていただきます。メンバーは医師:北垣(西宮市)、越智(須磨区)、事務:曽谷(兵庫県医師会)、看護師:横山(兵庫県立がんセンター)、荒木(西神戸医療センター)と薬剤師:宮森(テイエス調剤薬局)の6名です。以下、タイムスケジュールを簡単に記載します。
1月15日(月)
20時54分、大阪発、サンダーバード49号。
23時29分、金沢到着。
24時:インターゲートホテルチェックイン。
1月16日(火)
4時15分:降雪のなか金沢を出発。
6時:第3班と七尾市、ルートインホテルで合流後、穴水町に向けて出発。
8時:穴水町保健医療福祉本部(穴水保健センター)に到着。
8時30分:穴水町保健医療福祉本部、定時ミーティングに参加。
統括業務の引き継ぎとともに第3班、妹尾医師(兵庫区医師会)の統括にて、6チームのJAMTを各避難所に派遣。
16時:七尾保健医療福祉調整本部(公立能登総合病院)に移動し、荒木医師(西区医師会)より業務引き継ぎの後、リーダーミーティングに参加(北垣)。
17時:穴水町保健医療福祉本部にて夕刻ミーティングに参加(越智)。
17時15分:七尾保健医療福祉調整本部にて能登中央医療圏医療調整福祉会議に参加(北垣)。
18時30分:七尾保健医療福祉調整本部にて日医JAMT本部(石川県庁)会議に参加(北垣)。越智医師は穴水から帰途の車中よりWEB参加。
21時:七尾市のホテル着。
1月17日(水)
6時15分:穴水町に向けて出発。
8時:穴水町保健医療福祉本部に到着。
8時30分:穴水町保健医療福祉本部、定時ミーティング。
6チームのJAMTを各避難所に派遣。
13時:穴水町保健医療福祉協議会にて地元の医療機関(3クリニック、1病院)と現在の被災状況、医療ニーズに関して意見交換。徐々に診療を再開しており、医療ニーズはなし。
13時30分:JAMT兵庫派遣調整本部(兵庫県医師会)とWEBでミーティング(北垣、越智)。
16時40分:七尾本部にてリーダーミーティング(北垣)。
17時:穴水本部にて夕刻ミーティング(越智)。
18時30分:七尾保健医療福祉調整本部にて日医JAMT本部会議に佐原日医常任理事と参加(北垣)。越智医師は穴水本部よりWEB参加。
19時30分:報道ステーションTV取材。
20時30分:七尾市のホテル着。
1月18日(木)
6時15分:穴水町に向けて出発。
8時:穴水町保健医療福祉本部に到着。
8時30分:穴水町保健医療福祉本部、定時ミーティング。
8チームのJAMT(1チームは重装JMAT)を各避難所(JMAT2チームを能登町、重装JMATを珠洲市)に派遣。
13時:JAMT兵庫派遣調整本部とWEBでミーティング。
13時30分:第5班(三浦医師(西宮市)、新藤医師(尼崎市))が到着。引き継ぎの後、帰途につく。
今回の能登半島震災は過去の震災に比して被災者の高齢化率が高く(穴水町46%、奥能登50%に対して阪神・淡路13%、東北23%、熊本28%)医療、介護の必要度が高いうえ、広域避難を望まない傾向にありました。また、穴水町、人口8400人中、1700人が約40箇所に分散かつ点在避難しているのに加え、陥没や、がけ崩れのため道路状況が非常に悪く(金沢〜穴水が4時間、七尾〜穴水が2時間、その他通行止め多数)、JMATチームが避難所を回るのに時間を要しました。
更に問題であったのは石川県庁の日医JAMT本部とわれわれ、現場の統括との情報、意見の齟齬でした。本来は前日の夕方までに日医JAMT本部より翌日到着するJMATチームの情報(チーム編成、能力、到着時刻)が届くはずでしたが全く無く、当日の朝になってわれわれが情報収集してやっと判明するような状況でした。また、本部からは穴水より奥能登(珠洲、輪島、能登)へJAMTを派遣するように再三要請があったのですが、穴水統括であるJMAT兵庫には奥能登の情報(医療機関の被災状況、道路状況、移動の危険性等)が全く届いておらず、この危険な状況ではJMATの安易な派遣は無理、危険である旨、伝え紛糾しました。この件を含め、日医JAMT本部との会議では本部に対してCommand&Control(指揮命令・統括)、Communication(意思疎通、情報収集、情報伝達)が上手く機能していないので改善を、と連日のように協議を行いました。
元来、医療、介護資源が乏しい能登半島において、震災直後の初期対応よりも今後、1.5次避難所、2次避難所から被災者が戻ってこられる慢性期に医療需要や災害関連死が増える危険性があるので全国のJMATによる長期に渡る支援の継続が必要で、兵庫JMATもその一翼を担う必要があります。
最後に七尾市で開業され、自らも被災された日医常任理事の佐原先生には現場のJMAT兵庫と日医JAMT本部の間に入っていただき、色々な問題点改善に動いていただいたことに心より御礼申し上げます。