10.TPP(環太平洋戦略的経済協定)と構造改革

対米自主路線を目指した民主党鳩山由起夫政権は倒れ、その後対米従属の民主党菅直人政権が誕生しました。鳩山政権時、財務省は民主党政権内で実権を握るべく水面下で様々な画策をしていましたし、米国も民主党内の親米派に様々な働きかけをしていました。それが形になって表れたのが消費増税とTPP(環太平洋戦略的経済協定)です。

 民主党菅直人政権は「平成の開国だ」といってTPP参加の検討に入ります。(以下は「そして日本の富は略奪される」p237より)しかし、当時野党だった自民党はTPPに反対を表明。2012年12月の衆議院選挙では次の6項目を公約として掲げ、戦いました。6項目を簡単に言いますと、①米、麦、牛肉など農林水産物の需要品目は関税撤廃しないで国産品を守る ②自動車における排ガス規制、安全基準などを損なわないこと ③公的医療給付範囲を維持し、病院経営に営利企業参入を全面解禁しないこと ④残留農薬・食品添加物の基準、遺伝子組み換え食品の表示義務など食の安全安心が損なわれないようにすること ⑤ISD条項(11編に記す)に参加しないこと ⑥郵貯、かんぽ、共済などの金融サービスのあり方について我が国の特性を踏まえること、です。そして選挙に勝った後、自民党の議員連盟は、交渉に当たる政府(経産省と外務省)をよんで、この点を確認したのです。すると政府官僚は、①の関税撤廃に反対する方針は明言したのですが、②~⑥については政府方針として確認することを拒否しました。選挙を通じて示された”民意”は拒否されたのです。拒否したのは官僚たちですが、なぜ官僚は民主主義の理念に反することをするのでしょうか?TPPに参加する条件は、選挙を通じて示された国民の要望によって決まるのではなく、どこか別のところからの要望で決まっており、官僚はそれに従って仕事をしていると考えざるを得ません。さらに当時の首相で自民党総裁の安倍晋三氏は、その後の衆院予算委員会で、国民に約束した6項目の位置づけに関して、①の「聖域なき関税撤廃に反対する」以外の5項目に関しては「正確には公約ではない。目標にすべき公約だ」とのべ、自民党ではなく官僚の意向に沿った考えを述べたのです。鳩山由紀夫氏は最後まで公約(普天間基地移設は最低でも県外)にこだわり官僚の離反をまねいて政権を崩壊させましたが、安倍氏はそうはしませんでした。これも、グローバル化という時代の流れに沿ったものであり、官僚も首相もその流れに逆らえなかったのだ、自民党議員連盟は規制改革に反対する抵抗勢力だ、とする考えもあるでしょう。しかし、その規制改革の結果、日本はどうなったのでしょうか?様々な分野で変化が起こっていますが、その一例として④の残留農薬の基準について説明しましょう。以下は「日本が売られる」(堤未果)(2018年)p65~76の要約です。『グリホサートは米国モンサント社が開発した農薬で、日本では「草退治」など複数の商品名で、各地のホームセンターで売られています。モンサント社は90年代から世界の種子会社をどんどん買収し、自社の農薬にだけ耐性を持つ遺伝子組み換え種子を開発、同社が特許を持つグリホサート農薬とワンセットで世界中に売り始めました。このセットは爆発的に売れ、瞬く間に全米の大豆畑の6割を占めるようになり、グリホサートの米国内の使用量はこの20年間で250倍に増えました。雑草も虫も全滅させるグリホサートの威力はすさまじく、使い始めて数年は農薬の使用量は少なくて済みます。しかし、使い続けると耐性を持つ雑草が出現し、それを枯らすため使用する農薬の量を増やさなければならなくなります。2000年5月に米国農務省が発表した報告書によると過去5年で農薬の使用量は大きく跳ね上がり、中でもグリホサートは他の農薬の5倍も増えていました。農薬の量が5倍に増えれば、その分米国からの輸入遺伝子組み換え大豆に残留する農薬も多くなり、日本の安全基準に引っかかってしまいます。この発表が出た同じタイミングで、なぜか日本政府は米国産輸入大豆のグリホサート残留基準を5倍に引き上げる、”規制緩和”を行いました。しかし、使っているうちにどんどん使用量が増えるグリホサートが人の健康に及ぼす影響について、やがてあちこちから疑問の声が出始めます。米国のソーク研究所のデービット・シューベルト博士は、グリホサートの蓄積が、がんを含む多くの健康リスクをもたらすと警告を出しました。アルゼンチンでは微量のグリホサートを使った実験で奇形の発生が確認され、グリホサートに汚染された地下水によって、周辺地域の住民にがんが平均の41倍発生、白血病、肝臓病、アレルギーなどの健康被害が報告されています。オランダ、デンマーク、スリランカ、コロンビアはいち早く使用を禁止し、ヨーロッパでも反対の声が大きくなっていきました。一方日米両政府は、この間ずっとグリホサートの危険性を否定し続け、製造元のモンサント社は、健康被害を示す数々の報告はすべて科学的根拠に乏しいと批判し、安全性を主張しています(ただし、調査データは非公開)。そして2017年12月、日本政府はグリホサート残留基準値を再び大幅に引き上げる(最大400倍)、さらなる”規制緩和”が行いました。

 グリホサートに強い耐性を持つ雑草の出現については、さらに強力な除草剤「2,4-D」で枯らせばよいという結論になりました。「2,4-D」はモンサント社が、ベトナム戦争時に製造した枯葉剤の主成分で、ベトナム戦争では森を枯らすのに使用されました。これならグリホサートが効かなくなった雑草でも間違いなく全滅させられます。しかしベトナム戦争がトラウマになっている米国では、「2,4-D」をトウモロコシにかけることへの反発が強く、なかなか承認されません。そんななか日本政府は「2,4-D」と「2,4-D」耐性遺伝子組み換えトウモロコシを承認しました。さらに2018年5月厚労省の農薬動物用医薬品部会は「2,4-D」の残留基準値を大きく緩める、”規制緩和”の提案を行いました。これにより小麦、大麦、ライ麦ではこれまでの4倍、リンゴや洋なしなどその他複数の農作物でも「2,4-D」の使用量は今よりも増えることになるはずです。』

 以上のように残留農薬についてだけでも、第二次安倍政権になってから、数々の”規制緩和”が行われました。これらはグローバル化の流れの中で致し方なく行われた改革かも知れません。しかしこれらの改革は結果として、日本人の食の安全を脅かし、モンサント社など多国籍(米国)企業の株主らに利益をもたらしました。マスコミでよく言われている「規制緩和」の"規制”とは日本人を守るための"規制"であり、「経済成長」の”成長”とは日本人の生活の成長(向上)ではなく外資の”成長”だったわけです。私はこれこそがここ30年日本で行われてきた構造改革の実態であると考えています。