貉 MUJINA ╱ 小泉八雲 | たんたん♪のブログ

たんたん♪のブログ

自由気ままに・・・

子供の頃に聞いた怖い話って、

だんだんと、話の断片は消え去っても

いくつになっても、頭の片隅に残っていて

時々、話を聞いた場所とか

その周辺の景色を見ると

甦ってきます。

 

僕の場合、小学校入学前だから

5歳か6歳の頃。

話を聞いた場所は、東門の前。

 

東門

 

すぐ上の兄と一緒で、

誰がその話をしたのかは分からず、

紀ノ国坂、女性、ムジナ、蕎麦屋…

程度しか思い出せない。

ただただ、子供ながら怖いとしか…

 

 

 

東門周辺は、僕らの遊び場の一部。

目の前に上智大学の真田堀運動場があって

上智大生がアメフトやテニスなどの

部活の様子を見ていたり…

時折、上智大生がテニスを教えてくれたり…

 

上智大学 真田堀運動場

 

 

 

その紀ノ国坂を下りた辨慶堀では

ボートに乗ったり、

ザリガニを捕まえたり…

 

紀ノ国坂

 

 

辨慶橋と辨慶堀のボート乗り場

 

冬になると、

首都高4号線の影がお堀まで伸びて

子供が乗っても、ヒビさえも作らない

厚い氷を作ってくれていました。

 

辨慶堀の南側に首都高速4号線の高架、冬になると陽射しを遮る

 

 

今現在、この辺りの景色、

上智大学やホテルニューオータニ、

辨慶堀は、さほど変わっていない。

 

ホテルニューオータニ

 

首都高速4号線

 

上智大学 真田堀運動場と東門

 

その東門は、

当時、赤坂離宮の野球場があった場所に

一番近い門としてあり

現在、その野球場跡は

迎賓館のヘリポートになっていて、

以前より、門を利用する頻度があるせいか、

昔ほど汚くはない。

ただ、門構えは昔のまま

重厚さは変わっていない。

 

 

 

 

さて、その怖い話ですが、

小泉八雲の文献を読む機会があって、

その中に、短編で「貉」というのがあって

それを読むと

子供の時に聞いた怖い話、そのものでした。

 

「貉 MUJINA」小泉八雲 Lafcadio Hearn 戸川明三訳

 

当時、この話を聞いた経緯は思い出せない。

兄に聞いても、同じ。

その作品の舞台だからこそ

その話し手は、この話を話したのかもしれない。

 

 

今考えると、文学部の上智大生が

小さな子供相手に

小泉八雲の作品を読み聞かせたと考えるのが

一番、妥当だと思われる。

 

 

心の片隅に残っていた懸案事項が

解決したかのようで、スッキリ。