2018年11月、父膀胱癌で全摘後、ウロストミー。
2019年10月、父多発転移発見、12月放射線治療、抗がん剤治療実施。
2020年2月末、父治療できず。緩和ケア病棟で緩和ケア開始。
2020年3月、父自宅で看取る。
娘は中2秋から不登校→高校入学→転学→卒業
2024年大学進学
2019年10月、父多発転移発見、12月放射線治療、抗がん剤治療実施。
2020年2月末、父治療できず。緩和ケア病棟で緩和ケア開始。
2020年3月、父自宅で看取る。
娘は中2秋から不登校→高校入学→転学→卒業
2024年大学進学
限界
娘がいなくなり一年の半分
一人でよく生きた
寝ても起きても覚めない悪夢に
耐えられる気はしない
第三者委員会の立ち上げ依頼書を提出してから、のばしのばしにされ、当時の記録すらないことを感じ始めて、1人をも大切にできない学校教育に物申したい
生きる意味

お散歩。
娘と話さなくなりもうすぐ200日。
未だに昨日のことのよう。
カタンって音が鳴れば「おかえり!」と言っては悲嘆する。
夢の世界では通常の生活が繰り返されていて、目覚めた瞬間の現実感が日に日に強く叫びたくなる。
最後に会話した内容と顔が何度も脳裏に浮かんでは、ため息しか出ない。
そして「たられば」が始まる。
そんなことを考えても、今さら何も変わりはしないのに、自分を責めて環境を責めて、結論を出したいのかもしれない。
永遠の問いに果たして耐え切れるのか?
外出も出来なくなってきた。人と人が話す瞬間、パニックになる。いつも話していた娘はどこにいるの?自問自答する。こうするために生まれたわけではない。幸せになるために生まれたんだよ。それだけは、言わせてほしいな。人生を奪うほど追い詰めてきたかもしれない。今もこれからも祈っているよ。幸あれ。大好きだよ。ママにしてくれてありがとう。
これでは仕事なんて出来るわけない。
いじめは、その場だけではなく、長い年月をかけて自己否定を招く。適当に対応した教師と校長、クラスメイトは、何も無かったかのように生活していくだろう。
当事者にしかわからない見えない歪みは、決して消すことができない。覆いかぶせて乗り越えられる術を獲得したとしても、消えてはいない。
少子化対策も大切だけれど、生きている人間を大切にできる社会を、考えてはくれないの?
一人を助けるより、大勢?
目立てば排除?
モンスターペアレント?
教師の休職最多?
教育現場は第二の家、そんな時代は終わった。
雨の音

朝、仕事に行こうとしたとき
カレンダーが落ちてきた。
父が、知らせてくれたんだ。
疲れ切っていた私は
そんな、ことも考えずに
カレンダーを元に戻し
出勤した。
お昼休憩をはさみ、午後手をもてあましていた私は、ふとドアをノックされて振り向いた。
誰も入ってこない。
隣の部屋かな。
そんなことがあった。
仕事中、携帯を見る他のスタッフはいるけれど、私は仕事中に見ることは休憩のみ。
「〇〇さん、至急警察に!連絡してと伝えるように言われました」
血の気が引いた。
何が起きた?
実家にいるはずだよね?
一昨日から話してないじゃん。
何かあった?
週末、実家で過ごしてもいいよ、って言ったこと?
頭の中は
希望と絶望、ぐちゃぐちゃだった。
「〇〇さんと連絡が取れないとお友達から通報がありまして」
そんなはずはない。
その場で泣き崩れた。
実家にいる。
我が家じゃなくて実家。
安心できる場所のはず。
違う、私が行けば、違うことがわかる
帰らなきゃ
帰って安心させれば大丈夫
私がいれば大丈夫
私は何様なのか
希望と絶望
今は祈るしかない
こういうときは落ち着いて運転
黄色になりそうなときは止まる
落ち着いて
あと少し
待ってて
大丈夫だから待ってて
そんなはずないから
祈る
消防隊から連絡を受けた
「絶命していました」
うそだ
着物の予約とイベントの予約
来週友達が泊まりに来るって楽しみにしていたじゃん
うそだ
あのとき
時間が止まった
父の命日
報告しようと思ったけれど
もう知っているか
大切な大切な
我が家のプリンセス
ありがとう
