まんまる○
2018年11月、父膀胱癌で全摘後、ウロストミー。
2019年10月、父多発転移発見、12月放射線治療、抗がん剤治療実施。
2020年2月末、父治療できず。緩和ケア病棟で緩和ケア開始。
2020年3月、父自宅で看取る。

娘は中2秋から不登校→高校入学→転学→卒業
2024年大学進学









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涙って

どれだけ作られるのだろう


執着を手放す

できるかな

罪悪感でいっぱい




ブログ

父が我慢になった時、このブログにとても助けられました。

知らないことや不安なことを教えてくれたり、医師と相談する時のアドバイスで、救われました。


何を検索しても

今の乗り切り方、今日を生きる方法まで、たどりつくことができていません。

仕事はあと20日で復職予定ですが、娘と同世代との会話が中心になるため、そこは配置換えになるような話が出ているようで、私は逆に辛いかもしれません。


人材不足、経営難、管理する上で、邪魔なのも理解できます。

1年、終活し修行の道へ歩むことが私にとって、最適かもしれないとの思いが強くなっています。


母子家庭だったけれど、家は4部屋とリビングキッチン、1人には広すぎます。

売りに出すことはできるのか。

娘がいた場所を、壊してしまうのも考えてしまいます。


仕事も家も、まだ考えなくていいかな。


娘の部屋を掃除しながら、可愛いの持ってるんだね、ママは可愛いものをあまり持たないから、話合うわけないか。でも、こうして見ると可愛いね。そう、私には仕事ばかりで時間がなかったです。持ち帰り業務もあり、土日も時折あったり。

休職中に連絡してくる上司は、何を言いたいんだろう。私は話したくないですし、年末調整も自己申告します。休職や手当など事務が全部やっています。


そういえば娘の日記

5年前のいじめ、それによって自分はどうしたらいいか、人に合わせることしかできなくなった。そんなこと書かれていたら、あの頃から心は救われてこなかったということですね。


当たり所のない怒りと無念さを手放して、穏やかに過ごす。それかま今の私の役目です。 


平常心





今も先も

ゆっくり休むことが、今のこれなのかな。

来てくれたお友達に感謝の言葉を記して、娘の好きだった物を添えて送り届ける。

毎日、どんな気持ちか日記をつける。楽しかったこと、約束していたこと、母として不甲斐ないところ、やりたかったこと、伝えたかったこと。

今、伝えたいことは、書き記しているけど、布団から出られない時も、朝起きるのが怖い時も、毎日が違う自分みたい。

娘が直前まで頑張っていた編み物を、始めようと手に取っても、呆然としてしまう。

1日を長く感じる時も、短く感じる時も、極端に差があって、寝てしまえば、娘がいない現実と共に目が覚める。


押しつぶしてしまったのか。


それだけが頭を駆け巡って、戻らない娘の姿を探してしまう。

嘘であってほしいという思いは続く。

大好きだからこそ、伝えなければ伝わらない思いは、大切だ。

ハグしたくても、もうできない。

不条理なことがいつまで続いてもいい、自己犠牲と言われてもいい、ただいま、と帰る日を待ちたい。

色合いが、変わってるよママ、と言いに来てくれないかな。





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