月はナマズのゼラチンの煮こごりだからプルプルしていて、星々は活き造りになった魚の目玉でキミを見下ろしている。
「それじゃあ雨は魚の涙なの?」と訊ねると、「雨は塩ラーメンのスープだよ」とりりすの本当の実の父親は答えた。
りりすが信じれば、それはりりすの世界では現実になる。
だからりりすの地球は大きなスイカだし、その種から赤ちゃんは産まれて地面から元気に這い出してくる。
けれども、りりすは突然それを信じることをやめてしまった。
それはスイカを食べ過ぎたせいでスイカを見るのもいやになってしまったからで、その瞬間から、りりすの世界での出生率は0になった。
けれども、りりすはそのことに気づきもしなかったし、だからといってりりすの世界には露ほどの支障もありはしなかった。
りりすが信じることで産まれた生命や芸術や天変地異がいくつもあったし、りりすが信じなかったがために消えていった幾つもの哲学や宗教や戦争があったけれど、りりすのけっして命は消えないという妄信が、かろうじてりりすの破天荒な世界の秩序と因果律を保っていた。
りりすにはりりすが信じることで産み出したお気に入りの実の父親が8人いるけれど、本当の実の父親は、りりすの世界から閉め出されてしまってから久しい。
ある出来事が引き金となって、りりすの世界から追い出されてしまったその日以来、りりすの本当の実の父親は、閉ざされた押し入れの奥のような黒い人影に変貌して、りりすの世界の外側をさまよい続けていた。
りりすに電話をかけても手紙を書いてもりりすは信じてはくれなかったけれど、自身の姿が鬼に成ったり竜巻に成ったりカカシに成ったりすることで、りりすの自分に対する突き刺さるような感情を痛すぎるほどに感じ取ることは出来たし、時より気まぐれにりりすの夢の中に呼び出されて、まだ幼いりりすに自作の絵本を読み聞かせてあげられることがなによりのよろこびであり、それは頑固者のりりすを懐柔し得る絶好の機会、一縷の希望でもあった。