【本記事は、かつて存在した XWIN II Weblogに2013年1月21日掲載した記事をほぼそのまま転載したものです。】

 

どうしてこうも鉄道ファン向けの鉄道関連書籍の著者というのはダメなのだろう。もちろん、こういってしまうと反発を招くこととなってしまうが、それでもやはりそう思ってしまう。理由は、鉄道の歴史を語る際の「社史至上主義」である。無論、すべての著者がそういうわけではない。だが、いつになっても誤りを検証することなく鵜呑みし、それを拡散・再生産するのはこのような著者たちであるのは疑いようのない事実である。

 

そしてまた、ここに誤りを拡散し再生産を行っている著者とその著作物があらわれた。「改訂新版 データブック日本の私鉄」である。

 

 

著者は本書の「はじめに」において、

本書により、2012年11月30日時点の私鉄の全容を明らかにし、その姿・データを後世に伝えることができれば本望である。

とあり、後世の参考となるようなものを目指していることがわかる。だが、それは「正しく」なければ意味がない。しかし、残念ながら後書きを読む限り、著者のレベルはこの程度でしかない。

 

 

上は「あとがき」の一部抜粋で、ここに重要なことが書かれている。引用すると、

巻末資料に関しては正確性を期したつもりであるが、社史等と国土交通省監修の私鉄要覧で異なっている場合もあり、社史等の記載を原則として優先した。

とある。そう、ただ単に社史等を優先しただけで、それが正しいのか否かという検証、いわゆる史料批判を行った形跡は見られない。要は単なる「鵜呑み」であり、転記作業に過ぎないのだ。このことは、次の東急池上線の巻末資料を見れば一目瞭然である。

 

 

さて、例によって見慣れた誤りが見られる(苦笑)。列挙すると、

  • 雪が谷大塚駅の開設年月日が「昭8.6.1」となっているが、雪ヶ谷駅としての開設年月日は大正12年5月4日。
  • 雪ヶ谷駅の改称が「昭8.6.1」となっているが、正しくは1943年(昭和18年)。
  • 末広駅の改称が「昭8.4.13」となっているが、正しくは1928年(昭和3年)。
  • 慶大グランド前となっているが、正しくは慶大グラウンド前。

とあり、大半が「東京急行電鉄50年史」から引用した誤りである。著者曰く「社史等の記載を原則として優先」とあるが、まさにそのとおりでそれが正しいか誤っているかなど無関係なのだ。まぁ、「正確を期した」のではなく、「正確性を期したつもり」でしかないものに対し、言い過ぎのきらいもあるわけだが。

 

さらに、これも残念なことに駅一覧にもおかしな点が多い。例えば、東急電鉄の東横線の表では、田園調布駅と多摩川駅の開設年月日が「大12.3.11」とあるが、東横線の開業年月日は1926年(大正15年)であり、大正12年3月11日とあるのは目黒蒲田電鉄(東急電鉄の前身)が目黒線(目黒~丸子(現 沼部)間)を開業した日である。つまり、駅の開業日としては正しいのだが、東横線の駅の開業日としては誤りとなる。なお、大井町線の駅一覧を見ると、大岡山駅や自由が丘駅が大井町線としての開業日となっており、著者の錯乱ぶりが見てとれる。

 

このほかにも東急電鉄に限るが、おかしな点はいくつもある。

  • 沿革年表中、大井町線が溝の口まで乗入開始とあるが、正しくは溝ノ口。
  • 沿革年表中、昭和2年10月8日に桐ヶ谷-大崎広小路間開業とあるが、正しくは10月9日。
  • 沿革年表中、昭和10年11月30日に雪ヶ谷-新奥沢間廃止とあるが、正しくは11月1日(11月30日は官報掲載日)。
  • 駅一覧中、東横線の田園調布駅が調布駅より改称となっているが、東横線の駅としては当初より田園調布。
  • 駅一覧中、東横線の多摩川駅が多摩川駅(旧)より改称となっているが、東横線の駅としては当初より丸子多摩川。
  • 駅一覧中、荏原町の読み方がえばらちょうとなっているが、正しくはえばらまち。

というわけで、いつもと同じ結論にしかならないが、わずかな部分だけでこれだけの誤りを載せていながら、後世に残したいとは片腹痛い。これが誤りの拡散と再生産を生むことを著者は自覚し、次回が仮にあるのならもう少しまともな史料批判を行ってから出版していただきたいとしつつ、今回はここまで。