【本記事は、かつて存在した XWIN II Weblogに2010年6月23日掲載した記事をほぼそのまま転載したものです。】
当blogにおいて、様々な資料などから池上電気鉄道の雪ヶ谷駅~新奥沢駅間の路線を巷間言われる「新奥沢線」ではなく、「奥沢線」であるとしてきた。その主なものを列挙すると、
- 池上電気鉄道が鉄道省に提出した申請書には、開業直後までは国分寺線、開業後は奥沢線と一貫して表記されている。新奥沢線という表記は見られない。
- 昭和4年(1929年)の3,000分の1地形図(都市計画図)には「池上電鉄奥沢線」と表記されている。
- 同時代資料(交通案内図や東京観光案内的なもの)にも新奥沢線という表記は見られない。
というように、積極的に「新奥沢線」とする理由はない。だが、巷間には「新奥沢線」という呼称は徹底しており、これは定説と言っていいものである。「東京急行電鉄50年史」に掲載されているから、というのは大きなものだが、やはり同時代資料としては、これを挙げることができる。
©国土地理院
一部だけを切り取ると「何だこりゃ?」となるが、ご覧いただくと左上に「すわぶん」とあり、左上から右下に「新奥沢線」と書かれている。現在、奥沢線(新奥沢線)に関する記事を書くために各種資料を集めているが、この1万分の1地形図(昭和4年 田園調布)だけがこう書かれているのだ。
そしてこちらは「奥沢線」と表記されている資料(3,000分の1地形図)。どちらが正しい?というのは断定できないものの、今のところ私は「新奥沢線」よりも「奥沢線」の方が可能性が高い、と見ている。
では、「新奥沢線」が定説となった理由は何だろうか。やはり、「東京急行電鉄50年史」と「1万分の1地形図」という強力なツートップによってとなるだろう。といったところで、今回はここまで。

