【本記事は、かつて存在した XWIN II Weblogに2010年4月16日掲載した記事をほぼそのまま転載したものです。】

 

blog記事が増えてきたので、それを整理する意味もこめ、シリーズ名を一部記事に付加しようと試みている(先のIA-64の歴史、みたいな感じ)が、今回もその一環としてシリーズ名を「池上電気鉄道 VS 目黒蒲田電鉄」と付けてみた。しかし、思いつきなので、今後は変わるかもしれない。という前振りをしつつ、今回は久々の地域歴史研究ネタで進めていこう。

 

以前、目黒蒲田電鉄(現 東京急行電鉄)が蒲田駅~矢口駅(現 矢口渡駅)間に、本門寺道駅を臨時駅として開設後、既得権よろしく駅を恒久化し、池上電気鉄道初期の交通需要で最大となる池上本門寺への旅客輸送を「妨害」しようとしたことについてふれた(「東急目蒲線(現 東急多摩川線)の本門寺道(道塚)駅の場所はどこなのか!? 前編」以降)。これは池上本門寺の場所を思えば、本門寺道駅に価値などないが(無論、駅付近の人たちにとっては価値はある)、周辺交通事情を知らない人にとっては「ネーミングそのもの」に価値があったと言える。省線や私鉄間で乗り継ぎ切符が売られるようになれば、これはなおのことだろう。

 

こういう「詐欺まがい」的なネーミングについては、この本門寺道駅以外にも洗足池周辺でも見られたが、今回はもう一つ、慶大グラウンド前駅を取り上げる。慶大グラウンド前駅については、当Blogにおいて「慶大グランド前駅」なのか「慶大グラウンド前駅」なのかを議論し、鉄道ファンの間に流布される情報が誤りであることを論じた(「池上電気鉄道慶大グラウンド前駅について(確定編)」ほか)が、この慶大グラウンド前駅こそ、池上電気鉄道における「本門寺道駅」的な駅なのである。

 

まず、名前からしてバス停っぽく、かつ直接的なネーミングだが、実際、慶應義塾大学の運動場や野球場(新田球場)の最寄り駅は、目黒蒲田電鉄の新田駅(現 武蔵新田駅)であり、そもそも慶大グラウンド前駅は存在しなかった。しかし、本門寺道駅が臨時駅として開設後、恒久的な扱いとなったことから、これを受けて池上電気鉄道も新田球場への最寄り駅として臨時駅開設の申請を行い、許可後に恒久的な扱いとしたのである。つまり、出自としては「臨時駅」からスタートし、ライバルの最寄り駅の方が近いにもかかわらず、いかにもネーミングから自らの方が近いと錯覚させるというパターンは「江戸の敵を長崎で」、のように本門寺道駅の敵を慶大グラウンド前駅で返す、というようなものなのである。ただ、慶大グラウンド前駅は、本門寺道駅ほど遠くはなかったところに、わずかばかりの良心を見ることができ…ないか(笑)。

 

さて、このような出自の慶大グラウンド前駅だが、この話に入る前に簡単に慶應義塾大学運動場の中核をなす新田球場についてふれておこう。大正年間、野球(ベースボール)熱は大変大きくなり、全国中等学校野球や東京六大学野球など、学生野球の盛り上がりは高く、中でも早稲田大学と慶應義塾大学の試合はその中の白眉と言えるもので、観客動員数は今とは比べものにならないほどだったという(あえて言えばプロ野球の阪神タイガースと読売ジャイアンツのようなものか)。そういう中にあって、単なる野球場では対応困難となり、新たに多くの観客を収容する野球場を求められた。慶應義塾大学は、当初は東京市芝区三田(現 東京都港区三田)に野球場を持っていたが、ここでは対応困難となって、一時的に田園調布の野球場(のちテニスコート等になり、今はマンション)を間借りした後、東京府荏原郡矢口村と同郡調布村の境界に位置する土地を買収し、ここに野球場をはじめとする運動場を開設した。これがいわゆる慶應グラウンド(グランド)である。最寄り駅は、目黒蒲田電鉄の新田駅(現 武蔵新田駅)で、当時は目黒駅及び蒲田駅からのみのアプローチであったが、郊外の野球場としてはいい立地条件だったといえる。

 

©慶應義塾写真データベースにある新田球場の写真

 

その後、周辺が住宅地化したことや、慶應義塾大学そのものから離れた場所にあった等の理由から、神奈川県横浜市の日吉に移転することになるまでの間、新田球場には野球の試合が開催される時は、ここに多くの観客が詰めかけたのである。これに目を付けたのが、まだ雪ヶ谷駅までしか開通できていなかった池上電気鉄道であった。当時、池上電気鉄道では新田球場付近に駅はなく、池上駅~光明寺駅(現在の千鳥町駅の位置にほぼ相当)間に臨時駅を開設する申請を鉄道省に行ったのである。臨時駅の開業期間は、新田球場で野球の試合が開催される日とされ、まさに性格は臨時駅そのものと言えるだろう。

 

当時のダイヤや一両編成の小型電車で、どれほどの乗客を捌けるのかは定かでないが、少なくとも本門寺道駅の臨時駅開設と比べれば、それなりの正当性を持ちうると思うが、当然のごとくこの申請は許可され、臨時駅慶大グラウンド前駅は開設される。そして、本門寺道駅と同じように周辺の利用客からの要請という理由を盾にとって、通常駅への昇格をはかった。ついに慶應義塾大学の新田球場への旅客輸送を巡って、両社の戦いの火蓋は切って落とされたのである。

 

次回に続く。