2023年11月,ビートルズの「新曲」,「Now And Then」が発表されました。
 当初は,「AIでジョン・レノンの声を作り上げた」みたいな「誤報」もありましたが,結局のところ,映画「Get Back」の時に開発されたという,雑音の中から特定の音だけを取り出す,というAI技術を使って,かつてジョン・レノンが録音したカセットテープから,ジョン・レノンの声だけを取り出したに過ぎないことがわかりました。


 当然のことながら,とても期待して聞いたのですが,一言で言うと,音楽的には少し失望しました。

 ビートルズらしさ(ちょっとした音楽的な「ひねり」,凝ったコーラス,ポール・マッカートニーの複雑なベース,お茶目で印象的なフレーズを叩き出すリンゴ・スターのドラムスなど)があまりなく,曲も単純でそれほど魅力的なメロディでもないからです。
 ポールが歌っているのかどうかもよく分かりませんし,ポールが弾いているとされるジョージ風のスライド・ギターのフレーズも,リンゴのドラムスもあまり個性的に思えません。ストリングスなどもとても「平べったく」アレンジされていて,「Yesterday」や「Eleanor Rigby」のように各パートが聞き取れるような「でこぼこ」が魅力だったかつてのビートルズとは大きく違うように思います。
 1995年に出た,当時のビートルズの「新曲」である「Free As A Bird」のほうが,ジョンの声はきれいではないけど,ジョージのスライド・ギターといい,ポールのソロ部分といい遙かによかったです。

 おそらくビートルズにそれほど親しんでない人の感想は同じようなものではないでしょうか。

 ただ,そうは言っても,半世紀近く,膨大な金と労力をつぎ込んでビートルズを聞き込んできた僕には思い入れが強すぎて,客観的に聞くことができません。
 あえて例えれば,ある風景写真が,そこに関係がない者にとっては,ありふれたどうでもいいものでも,そこが幼い頃に慣れ親しみ,たくさんの思い出がある者にとっては感無量の心持ちがするという感じでしょうか。
 ジョン・レノンの声というだけで,ジョージが弾いているというだけで,どんな音源でも聞き入ってしまうのです。ビートルズ時代にあんな曲を作っていたジョンが,この単純で歌謡曲のような感傷的なメロディを「美しい」と感じ,こんなにセンチメンタルな歌詞を書いた,というだけで,その心境の変化を想像し感慨にふけってしまいます。


 ところで,こんな風にAIが使えるなら,今後,昔の雑音だらけだった音楽がどんどんきれいになって再発されるようになると思います。まずは,「Grow Old With Me」の割れたピアノの音と混じったジョンの声をきれいにして再録音してほしいな。