2026年4月25日、兵庫県神戸市で、ピーター・バラカンさんの「出前DJin神戸」という催しがあり、ゲストのばんばひろふみさんのお話しとリクエスト曲を聞いてきました。
最初の2時間くらいは、バラカンさんとばんばさんがそれぞれ曲をかけると、他方がそれにインスパイアされた曲をかけるという「ピンポン・リクエスト」という形で、1970年代後半の曲をかけあいました。 それぞれが選曲した中で、コメントと共にいくつか印象に残ったものを挙げます。
ポリス「Walking On The Moon」(ばんばさん)
バラカンさんが「最初からルックスのいい白人3人を揃えたバンドで商業主義的な感じがした」とコメントしたのが印象的でした。
ニルス・ロフグレン「Going Back」(バラカンさん)
ロジャー・マッギンがバーズを辞めたのは、彼が推したこのキャロル・キングの曲を、他のメンバーが演奏することに反対したことも一つの理由だそうです。ここではバーズのバージョンではなく、ニルス・ロフグレンのライブバージョンをかけました。アル・クーパーが弾くイントロのピアノがとてもかっこいいのです。
フリードッドマック「Go Your Own Way」(ばんばさん)
「俺と分かれてお前は自分の道を行けばいい」などとバンド内での男女のトラブルをそのまま歌っているので驚いたそうです。これに対して、バラカンさんが「ミュージシャンほどいい加減な人種はいない」と、(一応ミュージシャンであるばんばさんを目の前にして)コメントしたので会場は爆笑でした。
レッド・ツェッペリン「Custard Pie」(ばんばさん)
ばんばさんが曲を紹介したとたん、バラカンさんが渋い顔をして、会場が笑いに包まれました(バラカンさんはハードロックやヘビメタを嫌っていて自分の番組では決してかけないので有名)。バラカンさんによれば、ツェッペリンが登場した当時、彼はすでにブルースにのめり込んでいて、ツェッペリンのような中途半端なブルース演奏に興味が持てなかったし、とにかく、ロバート・プラントのあのキャンキャンした歌い方が受け付けなかった、とのことでした。
但し、最近の低い声で歌っているロバート・プラントのアルバムは素晴らしいと思っているとも言ってました。
ベイ・シティ・ローラーズ「Bye-Bye Baby」(ばんばさん)
この曲は元々、「シェリー」や「君の瞳に恋してる」などで有名なフランキー・ヴァリ&フォー・シーズンズの曲だとばんばさんが紹介したところ、バラカンさんが「それは知らなかった」と言ったのが印象的でした。というのは、このことは、オールディーズ・ファンやポップス・ファンの間では有名なのに、バラカンさんほど長く業界にいる人が知らないのは意外だったのです。おそらくバラカンさんは本当に、自分が関心のあるものしか聞いたり調べたりしないのだなあ、と感じました。
ただ、バラカンさんによれば、全盛期(1975年前後?)のベイ・シティ・ローラーズの日本での人気はすごく、当時バラカンさんが働いていたシンコー・ミュージックでは、彼らの人気にあやかって「Rock Show」という雑誌を新たに発刊したくらいだった、とのことでした(僕も当時この雑誌は知っていました)。
この「ピンポンリクエスト」のパートがかなり長く、正直途中から飽きてきたのですが、後半の質問コーナーが、オフレコの話もあったりしてとても面白かったです。
バラカンさんは1951年生で、1963年12月、人気絶頂にあったビートルズ公演をロンドンで御覧になっていたうえ、ばんばさんも1966年のビートルズ来日公演を見たことがあり、ビートルズの話題で盛り上がりました。
事前にメールでの質問を受け付けていて、僕は、以前からとても気になっていた、ビートルズの「リバプール訛り」について質問していました。
これに答えてくれたバラカンさんによると、イギリスにおいて、それまで地方の訛りで話すミュージシャンはいなかったので、ビートルズのメンバーの訛りは大変新鮮だったそうです(日本人の例として鮎川誠さんを挙げていました)。しかも、彼らは訛りを直そうとするどころか、あまりの人気に、彼らのマネをする者まで現れたとのことでした。そして、彼らはその後も終生訛りを直そうとすることはなかったそうです(ポールもリンゴも今でも当時のまま)。また、4人とも訛り方は違うものの特にジョージは特徴的だったとのことです(「hair」を例に挙げておられました)。
こんな話はどんなビートルズ関連本にも書いてないことなので、とても興味深く、感動しました。
なお、バラカンさんは当時のビートルズ公演のパンフレット(本物!)をもってきておられ僕もそれを手にすることが出来、感激しました。
それにしても、バラカンさんは謙虚である一方で、取り繕うところがなく正直な感じがとてもよかったです(トランプの存在が最近のストレスで、「誰か殺してくれないかしら、と思ってます」と言ったのが、到底ラジオでは聞けない発言で新鮮でした)。

