僕の育った家庭ではほとんど外食をしませんでしたし,大した小遣いをもらうこともなかった僕はあまり買い物にも行かなかったので,青年期になるまで「馴染みの店」というものが多いわけではありませんでした。
 それでも,長い間神戸に住んでいるので,思い出深い店はいくつかあります。その中で,すでに閉店してしまった店を紹介します。


 元町にあった「海文堂書店」は,とても神戸らしい書店でした。
 ネットでは,1914(大正3)年には,船舶や港湾など海事関連書籍専門の書店として開業したとされています。
 元町通商店街に面した2階建てなのですが,2階に海運・船舶用の書籍(船舶の資格試験に関する問題集や海図だったと思うのです)がずらりと並んでいたのです。いつも「こんな本たくさん置いて誰が買うのだろう」と思ってました。また,2階にあった芸術関係書籍(画集や写真集)のコーナーもとても充実していました。元町をぶらつくと,特に買いたい本があるわけでもないのに,なんとなく入ってしまう,そういう店でした。ただ,結局いつも眺めるだけで,「神戸らしい高価な本」を買うことはついぞありませんでしたが。
 でも,2013年に閉店してしまった時はとても寂しい思いがしました。


 元町といえば,ヤマハ神戸店にもよく行きました。
 後に内装の変更もありましたが,僕の記憶では長い間,1階はレコードコーナー,2階が楽譜やギター,3階以上が管楽器や弦楽器,5階に小さなステージがあったと思います(間違ってるかもしれません)。
 村上春樹原作の「風の歌を聴け」が大森一樹監督で映画化されましたが(1981年),主人公と交際する謎の美女役(双子という設定)の真行寺君枝がこのレコードコーナーの店員という設定でした。主人公の小林薫がこの女性会いたさにこの店に来て,彼女にあれこれレコードを注文する場面が有名です。
 楽譜が好きだった僕は,元町に来る度,この2階にいってあれこれ楽譜を物色しました。ここで買った楽譜がたくさんあります。また,一番上のステージで1981年頃,高校生2年の時,アマチュアバンドの大会に出演したこともあります(TOTOの「St. George And The Dragon」とUFOの「Only You Can Rock Me 」を演奏(ボーカル担当)しました。ちなみにどちらも全く好みではありませんでした)。特に何の賞ももらいませんでしたが。


 神戸北野の北野町東公園のすぐ北側にあったフランス料理店の「ジャン・ムーラン」も何度か行きました。とても高級なお店だったのですが,そこのシェフが母の知り合いだったこともあり,確か1980年代の終わり頃,家族で行った記憶があります。その後,当時交際していた女性と(確か1990年代前半),行ったこともありました。最後に行ったのは,1991年頃,僕の就職が決まったことから,家族と親類の約5~6名くらいで食事会をした際です。いずれにしても,当時の僕には高級過ぎて,あまり手軽に行けませんでしたし,おいしいのかどうかよく分からなかったのですが。
 ただ,20台になるまで「レストラン」などというものに縁が無かった僕が,初めて知った「高級レストラン」だったので思い出深いのです。ちなみにネットを見ると,ここ出身のシェフがあちこちで店を開いているようです。


 そういう意味で同じく北野にあったイタリアンレストランの「ベルゲン」は一風変わった建物と共により馴染み深いものでした。
 とにかく,建物がとても変わっていて,なんだか魔女が住んでいそうな,少し不気味な外観をした店でした。ただ,「ジャン・ムーラン」ほど高級というわけではなく,結構手頃な値段だったので,ここは何度も行きました(大抵は当時交際していた女性と)。その後しばらくは喫茶だけをしていたのですが,2000年以降,この店も建物ごとなくなってしまいました。


 何気なく馴染んでいた店が,ある日ふとなくなってしまうのは,寂しいものです。