2022年10月,ビートルズのアルバム「Revolver」のスペシャルエディション(以下,「SE」)が発売されました。これは,1966年に発表されたビートルズのアルバム「Revolver」について,リミックス,モノラル,アウトテイクなどを集めてCD5枚組にしたものです。また,豪華な写真集やリーフレットがついていますが,とても高い(21,450円! 商魂たくましい!)。
 このアルバムはビートルズが革新的な発展をしていくまさに過渡期のもので,またこのアルバム直後にライブ活動も止めてしまったことから,一つの転換期となった重要なものです。
 僕も,SEを発売日に入手しました。様々な専門誌では基本的には好評だったのですが,少しひねくれたビートルズ・ファンの僕から少し苦言を。

 今回のSEのリミックスにあたっては,2021年に公開された映像「Get Back」の際に開発されたという,特定の周波数を取り出すことができるソフトにより,個々の音像が明確になったことがトピックとして取り上げられています。例えば,雑音の中から会話だけを鮮明にするなどの技術です。
 しかし,僕は,音楽的観点からすると,このような明確な分離がSEにとって功を奏しているとは到底思えないのです。
 端的な例が「She Said,She Said」です。
 この曲では,例えば,以前のミックスではほとんど聞こえてこなかったギターの新たなフレーズが左から聞こえるようになりました(僕はこのフレーズを初めて知りました)。ただ,この新しく聞こえるようになったギター・フレーズ自体,メインのフレーズの良さを減殺しているようで,邪魔としか思えません(だからこそビートルズは聞こえないようにしたのでしょう)。
 もともと,この曲は,ギターにも深いエコーが効いて,分離のはっきりしない,もやのかかったような(マリファナの煙が充満している部屋を想像させるような)もこっとした音が魅力だと僕は思っていたのですが,今回のミックスでは特にギターのエコーが少なくなり,クリアになった分,とてもチープな音になってしまったように思います(特に左側から聞こえる新たなフレーズは安いアンプでエフェクターも付けずに鳴らしているよう)。
 途中で入るオルガンにしても小学校にあったような足踏みオルガンのような安っぽい音です。他方で,ボーカルやコーラスは以前のミックスとあまり変わりません。正直,最新のテクノロジーを使って,なんでまたこんな音にしてしまったんだろう,と理解に苦しみます。
 他の曲も妙にクリアにはなってますが,せいぜい前のミックス(2009)程度か,あるいはそれよりも全体としての音楽的統一感やまとまりが失われた気がします。
 確かに,ポールのベースやリンゴのドラムスがキモになっている「Taxman」,「Paperback Writer」,「Rain」については,ベース・ドラムスの迫力は増しましたが,ボーカルがクリアになりすぎて,個人的にはこれらも全体の統一感は失われたように感じます(特に「Paperback Writer」のコーラスのアラが目立つ)。

 もう1点,今回のSEでの新しい発見(というか疑問点)。
 以前このブログの別の項で書いたように(ポールだけが関与していないビートルズ・ソング-「She Said,She Said」),「She Said,She Said」には何らかの理由でポールが参加しておらず,ベースはジョージが弾いている,というのが定説でした(2021年の映画「ゲットバック」でもジョンが,「あの曲はジョージに任せた」と発言しています)。
 だからこそ,ということで,僕は,「このアルバムの他の個性的な曲に比べて,ポイントとなる『ヒネリ』がない」,「ギターもポールのように妙なチョーキングなどもなくジョージらしいメロディアスなもの」,「ジョンのストロークを中心としたサイド・ギターも特に凝ったところはない」としたうえで,おそらくジョージが弾いているであろうベースは,このアルバムの他の曲と違って,輪郭もはっきりしないうえ,あまり動きもなく,そもそもバランス的にも音が小さい,この時期のポールが,こんな音や動きの少ないベースを弾くとは思えない,とまで書きました。
 ところが,SEに収められていた,一度に録音されたであろうオリジナルのリズム・トラックでは,確かにギター2台とベース,ドラムスの演奏が聞こえます。また,冒頭に入っている声もポールっぽいように思います。そのうえで,SEのブックレットには,ここでベースを弾いていたのは「ほぼ間違いなくポール」とされているのです。
 細かいことのようですが,僕は,この曲が,「リボルバー」の他の曲に比べて,良くも悪くも「ストレート」過ぎ,若干当時のビートルズっぽくない,と感じていたのですが(この曲だけは映画「イージー・ライダー」で使っても合うかなと思ってました),それはポール不参加という要因もあると思っていたのです。

 大げさに言えば,やはりポールの参加がビートルズをビートルズたらしめる要素の証左だとまで考えてました。また,この時期,特にこのアルバムではポールのベースの動きは活発に歌うようなものになっていくのですが,この曲だけは,ルート音中心の,動きのないある意味つまらないもので,ポールらしくないと思っていたので,ポール不参加説に賛同していたのです。
 ポール,いったいどっちなのだい?
(なお,この文章は以前,僕が某雑誌に投稿し掲載されたものをブログ用に改訂したもので盗作ではありません。念のため)