30歳の男が仕事前に霞ヶ浦へ日の出を見に行くまでの流れ | 果鉈万物百不思議(Powerd by Ameba)

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埼玉、東京、神奈川を中心に活動を展開する男の身に起きた様々な現象が随時記録されていくブログ。
 
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2013年7月27日。その日の夕方は池袋で友人達と合流し、スポルトでダーツを一通り楽しんだ後は都内某所に移動してオールでMTGやバックギャモン、TVゲームを楽しんだ。
先週末とほとんど同じパターンである。
ただ先週と違ったのは、朝に御開きになった段階でのコンディションが最悪だった。
遊んでいる途中でレッドブルを飲んだ甲斐も無く、どうしようもないくらいに眠い。
ちなみに、28日にバックギャモン四谷例会があった事を思い出したのはその直前の事であった。

28日午前9時。自宅に着いてこの日の予定を詰める。
一度睡眠をとる事にしたが、この時点では昼過ぎに起きて夕方までに四谷へ行くつもりであった。

しかし目覚めると、部屋も外も真っ暗だった。
寝ぼけ倒した頭で考えても状況が全く飲み込めない。
枕元に携帯が置いてある。いつもアラームをセットして離れた場所に置いているが、いつの間にか止めて持ってきていたようだ。なるほど、俺は何かに寝坊している。だが外は暗い。
暗くて、寝坊。
思い出した。俺は朝自宅に帰ってきて、夕方から四谷に行く為に一度寝た。たしかアラームは13時にセットしていた。
時間を見る。
午後9時。
完全にアウト。

それはそれとして、とりあえず12時間近くの睡眠を経てこの時間に起きた事で、翌日(月曜日)の出勤までに一寝する事は絶望的となった。昼夜が見事に逆転したのである。
ともすると、この午後9時から翌日朝の出勤までの時間が、俺にとっての「日曜日」という事になる。

ただ、通常の日曜日とはワケが違う。なんと言っても、夜である。
大半の人間は、次の日が仕事。誰かを呼んで何かをする選択肢はほとんど無い。
あらゆるイベントや店が終わる時間でもある。
はっきり言って、まともに休日をエンジョイする様な時間帯ではない。
だが、道は空いている。如何なる渋滞の名所も例外なく。
そこで俺は思いつく。「日の出を見よう。それも、オートバイで素晴らしいところへ移動して。」

いろいろ思案しているうちに腹が減ってきていたので、ひとまず蕨らぁめんでラーメンとライスを平らげた。ここのラーメンは単品でもかなりイケるが、ライスとの相性が抜群である。
その後ガソリンスタンドに行き、オートバイにガソリンを入れた。俺もオートバイも満腹だ。
29日午前0時20分、出発の準備は整った。目指すは千葉県の犬吠崎。関東最東端である。

蕨を出てからずっと、外環道下の国道も、何時行っても渋滞しかしていない国道6号線も、予想通りの空き様であった。
非常に満足な道路状況であったが、ただ大型トラックは沢山走っていて、走行していても信号待ちをしていてもいつも以上の頻度で圧迫感を与えてきているのだけは気になった。

柏を過ぎ、今回走るのが初となる国道356号線に入ると、それまでの幅広い片側2車線の道から、いきなり片側1車線の旧来の街並みを抜けていく道へと変わった。
とはいえ道行く車両はさらに減り、快適な走行ペースを維持するには充分な状況。
頭上の青看板には、成田まで36kmとあった。

それからしばらく、ほとんど誰もいない寝静まった夜の古い街並みを独り走り続けていると、流石に今自分がとんでもなく「外れた」行為を行っていることに気付かされる。しかしTwitterで「日の出を見に行く」と宣言してしまっていたのもあり、もう後には引く事は出来なかった。

そのまま走り続けていると、次第に民家が建つ密度は下がっていき、徐々に緑豊か(昼なら、おそらくは)な光景が目立ち始める。
そしてある時点から、その傾向が顕著になり、田畑が目立つ様になってきた。
それはそれとして何か妙な違和感を覚えた為iPhoneで現在地を確かめると、どうやらどこかのタイミングで国道356号線からは逸れて南下、しかも数km程走っていたようだった。
ここで元来た道を引き返すことも出来たが、それをやって更に間違えると事態はもっと悪いほうへ傾く事は経験から学んでいた。幸いまだ「深み」にはハマっていなかった様子の為、元の365号線を利根川沿いに走り続けるコースから、成田空港周辺から匝瑳市へ抜けるコースに変更した。

一度千葉ニュータウンへ出てから北総線沿いの道に入った。
その線路が幅6~70m、深さ十数m程地中に掘られた溝の中央に細く延々と続き、その脇にまだ開通していない閉鎖された側道がひたすら続くという光景が、誰もいない真夜中に目の前に静かに広がっていた事で余計、この地域一帯が完全に人工的あるいは計画的に構築された(されている途中の)都市であるという印象を際立たせていた。

そんな線路の側道の、更に側道とも言うべき道を進んでいたが、これも完全には開通していなく、再び田園地帯の中を走る道に逸れる事となった。
しかも、一定の区間は外灯も信号機も無い完全な暗闇みの道が用意されていた。
距離の割には、随分と遠くまで来たという感情が湧いてきた。
このままずっとこうした道が延々と、コンビニすらない状況が続くとなるとなかなか精神的に堪える道のりになりそうだと心配していた矢先、信号のある交差点、さらには「スリーエフ」に遭遇した。
この時の安堵感、そしてスリーエフの眩しさは当分忘れようもない。
「星より明るくスリーエフ」の謳い文句は伊達ではなかった。

スリーエフでコーヒーを買って一服しながら時計を見ると、午前2時20分。
ここで一つの決断を下さなければならないことに気付いた。
犬吠崎までの道のりは、ざっとここまでで半分程度。そして、ここまでかかった時間がちょうど2時間。
目的地までは当初の3時間超程度との予測を超え、順当に行って概算で4時間前後。
日の出の時刻は、午前4時40分過ぎ。それまでには恐らく間に合う。
ただし戻る時間を考えると、ほぼ順調に行っても出勤時間まで全く余裕が無いどころか、下手すると遅刻する!

しかし、こうなることも予め想定していたので、ここは潔く第2の目的地へ変更する事とした。
茨城県の霞ヶ浦である。

そんなわけで、スリーエフがあった印旛沼周辺から北上し、もともと目指していた利根川沿いの国道356号線に入る。
この道沿いの途中、川と反対側が少し洒落た雰囲気の家なのか飲食店なのかが立ち並んでいた印象。
日中帯に来ることがあったら、少し散策してみたい気持ちになった。
そこからしばらくして進んでから利根川を渡り、更にまた県道を北上。
青看板を頼りに、県道から県道へと曲がっていく。その途中のどこだったか、やはり洒落た雰囲気の建築物が立ち並ぶ地域があった。高尚な意匠の家屋を建て合う良い風習、あるいはそういう建売業者が、この周辺の地域にはあるのかもしれない。
そんな事を考えているうちに、霞ヶ浦へ到着。時刻はまだ午前4時前。
日の出までしばらく時間が有るので、充分に「ポイント」を吟味出来た。

最も眺めの良さそうな、しかもオートバイと一緒に写真に収められそうな場所を探すために右往左往としていたが、ついに見つけた時の時刻も、やはり4時10分程と余裕がありすぎた。しかし特に時間を潰せるような場所も周辺に無い。周りに誰もいないその場所で、そのまま霞ヶ浦を眺めて待ち続けることにした。
薄っすらと明るみが射す暁の夜空の向こう、対岸の上空に日の光の面影が小さく反射していた。

考えてみると、こうして日の出を待つという行為は、何年か前の元旦に地元藤沢の海岸で初日の出を見に行ったとき以来だ。
あの時の御来光は凄く綺麗で、周りに大勢いる中でそれを見ていた。
それに比べると、今回は随分と違う環境にある。
真夏に霞ヶ浦という少し縁の遠い地、そしてここにいるのは俺と俺のオートバイだけである。

そんな感慨に耽っていると、突然おじさんが車で近くにやってきて、おもむろに釣り竿を取り出しフィッシングを開始した。
雰囲気はぶち壊しとなったが、あんまり昔の事を悶々と考え過ぎるのもマズいので、まあ良いということにした。

空が完全に明るくなってきて、雲は朝焼けに染まっていた。
そして午前4時45分頃。対岸の稜線から、大きくて真っ赤な太陽が頭を出し、昇り始めた。
次第に完全に姿を現したそれは、あの時見た太陽と全く同じ太陽だった

しばらく眺めていると、いつもの朝に見る強烈な光を放つ太陽へと変ろうとし始めていた。

慌てて写真を撮り、iPhoneで撮った分をTwitterに投稿すると、俺は急いでオートバイのエンジンに火を入れた。


霞ヶ浦からの帰りの道のりは非常にシンプルで、すぐ近くで国道6号線に入ったらあとはずっと進んで外環道を目指すだけだった。
幸い、渋滞していたのは松戸周辺だけで済んだ。

午前7時20分。余裕で会社に行ける時間に自宅到着。
今回の走行距離、204km。ちょっとしたツーリングレベルである。
その疲労もあってか、その後の仕事はちょっと地獄を見た。

以上、「オールした後に寝たら起きたのが夜だったので仕事前だけど日の出見に犬吠崎を目指して途中で時間足りなそうだから霞ヶ浦に行って来た」で済む話を極限まで引き伸ばしてみました。