第16話 ソウマがグラフィティーにハマる


夜明け前。

空がまだ青くなりきらない時間。


ソウマは一人、橋の下にいた。


「……やってみるか」


手にはペン。

ノートじゃない。壁だ。


心臓の音が少し速くなる。


「誰かじゃなくて、どう残るか…」


あの夜に聞いた言葉が、頭の中で響く。


ソウマは深く息を吸った。


そして、壁のすみに小さく線を引く。


カリッ。


乾いた音。


止まらない。


線を足す。

重ねる。

つなげる。


気づけば、自分の印と、あのタグが混ざっていた。


「できた…」


ほんの数秒。

でも、長く感じた。


ソウマは一歩下がる。


「これが…自分の形」


そのとき。


「ついにやったか」


後ろからカズさんの声。


ソウマは驚いて振り返る。


「見てたんですか?」


「最初からな」


カズさんは壁を見る。


「いいじゃないか」


「本当ですか?」


「ああ。でもな」


少しだけ表情が変わる。


「ここからが始まりだ」


ソウマはもう一度、自分の描いたものを見る。


「始まり…」


「それを、どこまで広げるか」


ソウマは言葉の意味を考える。


そのとき、遠くで足音がした。


複数。


「…?」


橋の反対側。

暗がりの中に、何人かの影が見える。


スプレーの音。


シュッ、シュッ。


新しいグラフィティーが描かれていく。


でも、違った。


今まで見てきたものより、速くて、強い。


そして――


同じタグが、いくつも並んでいく。


「あのタグ…」


第15話で見た形。


それが、次々に増えていく。


「一人じゃない…」


ソウマは小さくつぶやいた。


カズさんは静かに言う。


「もう動いてるな」


「え?」


「名前が広がるって、こういうことだ」


ソウマはノートを開いた。


自分の印。

あのタグ。

そして今、目の前で増えている形。


全部がつながり始めている。


「これ…止まらないかもしれない」


(※この“広がり始めたタグ”とソウマの最初の一歩が、第80話で大きな意味を持つ伏線)


空が少しずつ明るくなる。


影の人たちは、いつのまにか消えていた。


でも、壁には残っている。


たくさんの“同じ形”。


ソウマはペンを強く握った。


「自分も、広げる側に行く」


カズさんは何も言わず、少しだけ笑った。


ソウマはページの最後に書く。


「これは遊びじゃない。広がるものだ」


そして、第一章の最後に小さく書き足した。


「次は、どこまで行けるか」


遠くの街に、朝日が差し始める。


第二章へ続く。