第11話 有名グラフィティーアーティスト


雨の夜。

街灯に照らされた路地は、しっとりと光っていた。


ソウマはフードをかぶり、小さなギャラリーの前に立っていた。

ガラスの向こうには、キャンバスに描かれたグラフィティー。


「これ…全部、同じ人が?」


中に入ると、壁いっぱいに作品が並んでいた。

スプレーで描かれた絵なのに、まるで絵本みたいにわかりやすい。


「ストリートから来たアートだよ」


後ろから声がした。

振り向くと、ギャラリーの店員らしき女性が立っていた。


「この人、有名なんですか?」


「うん。もともとは、こっそり壁に描いてた人。でも今は世界中で展示されてる」


ソウマは少し考えた。


「じゃあ、最初は…ルールを守ってなかったってことですか?」


女性は少しだけ間を置いて答えた。


「そうとも言えるし、違うとも言える」


「え?」


「その人はね、自分の伝えたいことがあって描いてた。場所がたまたま“街”だっただけ」


ソウマは壁の絵を見つめた。

そこには、子どもが風船を手放すシンプルな絵。


でも、なぜか胸に残る。


「有名になるって、どういうことなんだろう…」


そのとき。


ギャラリーの奥のドアが静かに開いた。


黒い帽子をかぶった男が、ゆっくり出てきた。


店員は何も言わず、軽く頭を下げた。


男はソウマの横に立ち、同じ絵を見た。


「その絵、どう思う?」


低い声だった。


ソウマは正直に答えた。


「シンプルなのに、なんか…忘れられないです」


男は少しだけ笑った。


「それでいい」


「え?」


「うまさより、残るかどうかだ」


ソウマはその言葉を何度も頭の中でくり返した。


残るかどうか。


気がつくと、男の姿はもうなかった。


外に出ると、雨はやんでいた。


ソウマはノートを開いた。


そして書く。


LOVELETTER


「有名って、たくさんの人に知られることじゃない」


「誰か一人の心に残ることかもしれない」


ページの下に、小さくタイトルを書く。


「名前より、記憶」


遠くで電車の音がした。


その音は、どこか静かで、でも確かに続いていた。


ソウマの物語も、まだ続く。