第12話 グラフィティーのルール
深夜。
街の音がほとんど消えたころ。
ソウマは人気のない高架下に立っていた。
昼とはまったく違う顔の場所。
壁には、いくつものグラフィティーが重なっている。
新しいもの、古いもの、かすれたもの。
「同じ場所に、何回も描かれてる…」
ソウマは小さくつぶやいた。
そのとき。
「そこ、触るなよ」
低い声がした。
振り向くと、暗がりの中にカズさんがいた。
「カズさん…」
「いいか、ソウマ。ここにはルールがある」
「ルール?」
ソウマは首をかしげた。
「学校みたいに決まってるわけじゃない。でも、守らないと嫌われる」
カズさんは壁を指さした。
「この上に描いてある新しいやつ、わかるか?」
よく見ると、下の絵の上に重ねて描かれている。
「これ…上書きしてる?」
「そうだ。これを“かぶせる”って言う」
ソウマは少し考えた。
「じゃあ、やっちゃダメなんですか?」
カズさんは少しだけ間をあけた。
「場合による」
「え?」
「下の絵がすごく有名だったり、大事にされてるものだったら、かぶせると反感を買う」
「でも?」
「逆に、古くて放置されてるなら、新しく描いてもいいと考える人もいる」
ソウマは壁をじっと見つめた。
「つまり…見えないルール?」
「そうだ」
カズさんは続けた。
「もう一つある」
「なんですか?」
「人の名前の上に、自分の名前を雑に書くな」
その言葉は少し強かった。
「それは、その人の存在を消すことになる」
ソウマは息をのんだ。
名前はただの文字じゃない。
その人そのもの。
「ここは自由だけど、何してもいいわけじゃない」
カズさんは静かに言った。
そのとき、遠くで足音がした。
誰かが近づいてくる。
カズさんは小さく言った。
「覚えとけ。ルールを知らないやつは、長く続かない」
ソウマはうなずいた。
ポケットからノートを取り出す。
そして書く。
LOVELETTER
「自由には、見えない約束がある」
その下に、小さく印をつけた。
それは、これまで書いたことのないマークだった。
自分だけのしるし。
(いつか、この意味がわかる日が来るのかもしれない)
ソウマはノートを閉じた。
夜の空気は冷たかったが、頭ははっきりしていた。
ページのタイトルを書く。
「自由の中の約束」
遠くで電車が走る音がした。
見えないルールの上で、世界は動いている。
ソウマも、その中に足を踏み入れた。