第13話 グラフィティーが消される理由


早朝。

空気は冷たく、街はまだ眠っている。


ソウマは昨日の高架下に向かっていた。

あの壁を、もう一度見たくなったからだ。


「昨日のまま、残ってるかな…」


そう思いながら角を曲がった、その瞬間。


「え…?」


ソウマは足を止めた。


あったはずのグラフィティーが、消えていた。

色とりどりの壁は、灰色に塗りつぶされている。


まるで、最初から何もなかったみたいに。


「なんで…」


ソウマは壁に近づいた。

指で触れると、まだ少しペンキが乾ききっていない。


そのとき。


「消されたんだよ」


後ろから声がした。


振り向くと、カズさんがいた。


「どうしてですか?」


ソウマはすぐに聞いた。


カズさんは少しだけ考えてから答えた。


「理由は一つじゃない」


「一つじゃない?」


「まず、これは誰かの持ち物の壁だ」


ソウマは黙って聞く。


「勝手に描かれたら、困る人もいる」


「たしかに…」


「それに、街をきれいに保ちたい人もいる」


ソウマは灰色の壁を見た。


「でも…全部消さなくてもいいのに」


カズさんはゆっくり首を振った。


「そう思う人もいる。でも逆の人もいる」


ソウマは少し悔しそうに言った。


「じゃあ、グラフィティーって残らないんですか?」


カズさんは静かに答えた。


「残らないものもある」


「…」


「でもな」


少しだけ声が強くなった。


「消えるから意味があるって考えるやつもいる」


ソウマは顔を上げた。


「え?」


「ずっと残るものより、一瞬しか見られないもののほうが、強く記憶に残ることもある」


ソウマの頭に、これまで見てきた絵が浮かんだ。


電車のグラフィティー。

夢で見た街。

あのギャラリーの絵。


どれも、今は目の前にない。


でも、消えていない。


「心には残ってる…」


ソウマは小さく言った。


カズさんはうなずいた。


そのとき、ソウマはポケットからノートを取り出した。


そして書く。


LOVELETTER


「消されることも、届いた証拠かもしれない」


その下に、前回つけた小さな印をもう一度書いた。


少しだけ、形がはっきりしてきた。


(※この印の意味は第80話でつながる伏線)


ソウマはノートを閉じた。


空は少しずつ明るくなっていく。


灰色の壁を見ながら、思った。


「消されても、また描かれる」


「それって…終わってないってことだ」


ページのタイトルを書く。


「消えるから残る」


朝の光が、まっさらな壁を照らしていた。