第14話 壁に残る小さな名前の正体


夕方。

学校帰りのソウマは、少し遠回りして川沿いの遊歩道に来ていた。


オレンジ色の空。

ゆっくり流れる水。

その横の古いコンクリートの壁に、小さな文字がいくつも並んでいる。


「これ…名前?」


近づいて見ると、どれも同じ形のサインだった。

大きな絵ではない。

でも、何度も何度も書かれている。


「またそれ見てるのか」


後ろからカズさんの声。


「これ、誰が書いたんですか?」


ソウマは壁を指さした。


カズさんは少しだけ笑った。


「一人とは限らない」


「え?」


「同じ名前を、何人もが書くこともある」


ソウマは首をかしげた。


「なんで同じにするんですか?」


カズさんは壁にもたれながら言った。


「広げるためだよ」


「広げる?」


「名前を見た人が、また同じ名前を書く。そうやって、どんどん増えていく」


ソウマは壁を見直した。


同じ形のサインが、まるでつながっているみたいに並んでいる。


「じゃあ、この名前って…一人のものじゃない?」


「そういうこともある」


少し風が吹いた。


壁の下に、小さく別の印があるのに気づいた。


「これ…」


ソウマはしゃがみこんだ。


それは、前に自分がノートに書いた印に似ていた。


完全には同じじゃない。

でも、形の一部が重なっている。


「カズさん、これって…」


カズさんはその印を見て、少しだけ表情を変えた。


「気づいたか」


「知ってるんですか?」


カズさんはすぐには答えなかった。


「その印はな、“名前じゃない名前”だ」


「名前じゃない…?」


「見る人によって意味が変わる」


ソウマはじっと見つめた。


「じゃあ、これを書いた人は何を伝えたかったんですか?」


カズさんは空を見上げた。


夕日が少しずつ沈んでいく。


「それを決めるのは、見る側だ」


「…」


ソウマはノートを開いた。


自分の書いた印の横に、その壁の印を写す。


少しだけ線を足してみる。


すると、不思議としっくりきた。


「つながってる気がする…」


カズさんは何も言わずに、それを見ていた。


「もしこれが広がっていくなら」


ソウマはゆっくり言った。


「誰が最初かわからなくなるかもしれない」


カズさんは小さくうなずいた。


「それでも残るものがある」


ソウマはペンを止めた。


「残るもの…」


ノートの印を見つめる。


それはただの記号なのに、なぜか意味がありそうに見えた。


(※この印と“名前の広がり”は第80話で一つの答えになる伏線)


日が沈み、街に灯りがつき始める。


壁に並ぶ小さな名前たちは、暗くなっても消えない。


ソウマはページのタイトルを書く。


「名前は、一人のものじゃない」


そして静かに思った。


「これ…もしかして、もう始まってるのかもしれない」