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不慣れな作業、迫りくるたくさんの締め切り、重なる仕事、
スケジュールするのが嫌になるほどのピーキーな時間、
時間を買うには使えないどころか、緊縮を迫られる厳しい財政、
面倒さを増す日常生活。
そして、それらを乗り越えて戦ったとしても、敗戦はほぼ確定。
なんか嫌な気分、と思っていたが、書き出したら投げたくもなるな。
「投げたら終わり」と自らを脅すのも一つの手だが、
「終わりでもいいじゃん」と開き直るのも一つの手。
でも、脅す必要も、開き直る必要もない。
俺は笑い、歌うから。
苦しいときこそ、笑い、歌う、そうして俺は生きてきた。
さて、行こうか!
さーて、しばらく間が空いたけど、せっかく思いついたことだから、書いてみようか。
以前、カウンセラーさんに「君はGiverだね」言われて深く納得したことがある。
曰く、「相手に何を与えるられるか」というのをいつも考えて、そして与えることに喜びを見いだして生きているらしい。
ま、世間のデフォルトとはズレてるようだけど、自分的には結構幸せなのでいいかなと。
さて、そんな「Giver」な俺としては、与えることができれば大満足。ショートスパンで、あるいはロングスパンで………、「俺はあなたになにを与えたろうか?」「俺は十分与えたろうか?」なんて考える。大事な人にはたくさん、そうでない人にもできるだけ、たくさんの人、たくさんの量、与えられればいいなぁ………と、そう思う。ま、時に自分より相手を大切にしがちで、それはイカン、と思うわけだが(ま、よく考えりゃ、「苦しい思いをして作ったモノ」をもらっても、もらった方は素直に喜べないわな)。
ところで、「Giver」というのは多分、いつもとても幸福なもの。なぜって、幸せを他人に依存しないから。だって、大抵の人は「くれる」というものを拒んだりしないっしょ?
そして、「あげる」ことで幸せになれるんだから、そらもう、片っ端からあげまくってれば自分は幸せ。非常にシンプル。ハタから見て本人が大変そうでも、「あげてれば幸せ」な当人は、結構幸せだったりするもんです。
でもね。そんなGiverにも問題が起きることがあるんだな。
それが「度を過ぎたGiverの問題」。
要するに、さっき自分で書いた「自分より相手を大切にしがち」=「自分を犠牲にして、相手に尽くしてしまう」という問題ね。
でも、これは普通、本人にとっては実はあまり問題にならないことも多そうだ。体を壊したり、大事なものを無くしたりするかもしれないけど、「Giveジャンキー」たる本人はまったく気にしない。「あげられれば満足」なんだもん。
だけどこれ、実は本質的には大問題だ。
一つには、そういうGiverが「自分を犠牲にしてあげたもの」は、もらった人にとって「シンプルに嬉しいもの」ではなく、「嬉しいけど、罪悪感を感じるもの」だから。そして、そういう風に「あげた」ものは効力が半減してる。つまり、Giverの自己満足感は満たしているかもしれないけど、よく考えると「ちゃんと与えたこと」になってない。
そしてもう一つは、「続くGiverが育たない」ということ。なぜならこの「度を過ぎたGiver」、端から見ると不幸に見えがちだ。あまりに人に与えるあまり、自分より人を優先しすぎるのだからさもありなん。本人は与えまくって幸せなんだけど、「本人が幸せである」というのが周りから見えないんだから当然ですな。
そして、周囲の人は「Giverは幸せではない」と誤解をし、当然Giverを目指す人なんていなくなる。Giverって本当は幸せなんだけど(苦笑
………だとするなら、「度を超したGiver」は「真に与えている」んではない、というのが俺の結論。
度を超して与えまくるのは、実は意外と幸せなんだけど、結局それはショートスパンでしか物事を見て無くて、「本当に大切なもの」を相手に与えていないと思う。「楽しそうに見えるGiver」こそがベストなんじゃなかろうか、とね。
…………というわけで、「楽しそうなGiver」を目指すのが俺の目標。
いやでも、これが結構難しそうでね(苦笑
俺は今まで、人の嫉妬が怖くて怖くてしょうがなかった。だから「楽しそうに見える」自分を、あまり知らない人や、嫉妬しそうな人に見せるのが怖い(だからGiver的な心理が育ちやすかったのかもしれない)。
そんな俺はいったい、どういう行動をしていたか?
楽しいことをしたとしても、「楽しそうに見えるけど、俺は疲れているんだよ」「傷ついているよ」「大変なんだよ」「実は楽しくないんだよ」…………そんな行動。
もちろん、事実大変なこともあるだろう。
だけど、その本質は「俺がそういう俺を演じたかった」から。だから、無意識に自分を疲れさせ、やる気を減じ、ぐだぐだと疲弊していく。その理由はもちろん、「嫉妬されたくないから」だ。
………幼稚な防衛。
「いじめないで。だってぼく、こんなにたいへんなんだよ?」
そんな防衛だ。
でも、その防衛を続ける限り、「人にGiverの素晴らしさを、生きやすさを伝える」というGiverの究極の目標は達成できない。君に、「幸せのなんたるか」を身をもって示すことができない。
だから俺は決めた。
俺は人の嫉妬を恐れない。
誰であろうと。
もちろんね。
嫉妬は現実に存在し、立ちはだかるよ。
今、この瞬間にも俺に嫉妬している人がいるだろう。それはもう、戦うしかない。
どう戦うか?
嫉妬ってのは、要するにその人の無力感から来る羨望だ。「自分にはできないのに、君にはできるのか」という羨望。
だから俺は人に伝える。
俺ができることは、君にもできることを。
「理解できない」「違う人種だ」そう言う人もいるだろう。そして羨望する。嫉妬する。
でも、俺は伝える。
俺ができることは、君にもできることを。
なぜってそれが事実だからだ。
それは自分自身がよく知っている。
自分の4日前、半年前、1年前、5年前、10年前がどんなだったか知っているから。
だから伝える。
声を大にして。
俺の伝える力と、攻撃者の嫉妬力。
その闘いだ。
嫉妬に負けて家具になるか、嫉妬を負かして灰にしてしまうか。そういう闘い。
ここを読むであろう君は、冷静でないかもしれない。
そして、「今の私は何ももらっていない」と思うかもしれない。俺を憎いと思うかもしれない。あるいはまた、「自分には無理」と思ってしまっているかもしれない。自分に無価値感を感じているかもしれない。
でも、少なくとも俺は、君と出会って、君と話をして、君と生活して、こんなに育った(横にじゃないぞ:p)。そして、そうした環境にいたからこそ、これまでの人生で最大の「与える価値のあるもの」を見つけ、「それを与えるやり方」も学習しつつある。
そして、それは君がいたからだ。
ただ一点、その一つだけとったとしても、君には十分すぎるほどの価値がある。
そして、俺が一番に与えたいのも君に、だ。
まだ道は険しい。
俺は嫉妬と戦うのは苦手だし、つい弱々しく防衛しそうになる。
でも、がんばるよ。
それじゃ、ひとまずおやすみ。
こんな明確な私信モードなのに、PVって出るものらしい………
どう考えよう、これ(苦笑
ま、ひとまずいいか(汗
………と、それはいいとして。
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今日の目標は体調調整。
ここ半年、風邪引きまくりの倒れまくりの酷い状態で、しかもここ1ヶ月はさらに酷かったので、ちょっと体調を整えていこうと。
………で、本当は久々にインラインでもやろうと思ったんだけど、寝て起きて、風呂に入ってさらに二度寝してぐずぐずしてたらもう6時(苦笑
「すぐ暗くなっちゃうのもアレだな~」ってことで、インラインはやめて、銭湯へGo!
昨日久々に行ってよかったので、味をしめとります:p
同じ所に行くのもナニなので、別の所へ…………と思ったら無くなっていた、なんてトラブルも起こしつつ、結局別の銭湯で1時間ほど冷温浴。薬湯と水風呂があるのはちょっと嬉しい(^^v
帰りはモロに雨に降られたけど、体は温かかったので、某所でちょっと雨宿りしつつ、地元の駅に帰投。
そして地元の駅前で、体の温まるトム・ヤム・クンを………と思ったら、こっちも閉店ですか……orz
ま、確かにいつも空いてたし、しゃーないわな。
・・・・ってことで気を取り直し、「わりかし突然の雨だし、西友はさぞかし値引き札の嵐だろう」と思って西友に突入。
・・・・するものの、これまた総菜/生鮮類はほぼ売り尽くし済み。
とにかく今日の運勢は悪いらしい(苦笑
ま、そんなこんなあったけど、結局、テナントで入っている寿司屋の50%引きをゲットして自宅に帰着。
そしてmixiの存在を思い出してみたり、そこで読んだものと昨日起きたことを併せて考えてみたり、
そして、もう一度風呂に入るべくたくらんでみたり、いろいろっす。
なにがどうなるのか。
そんなことはわからないけど、今日もやっぱり、寝る前にある名前をつぶやくんだと思ってる。
幸せとちょっとの寂しさを示す名前をさ。
今日はあれから銭湯に行って、もういちど明かりがついて、消えたのを見て、そしてロイヤルホストでごはん。
久しぶりの銭湯はあったかかった。
俺には、俺を守ってくれる人がいる。
だから、俺はもっとやれる。俺は行ける。もっともっと。高く、高く。
そして、俺も誰かを守ってる。
近くにいないかもしれないけど、守ってる。
さてと、そろそろロイヤルホストを出ましょうか。
将来・・・その日が待っているもんな。
止まってなんていられるもんか:p
まってろよ、将来!