藤井システムが将棋界に華々しく登場する前
それよりも20年ほど前 1985年前後だったと思うが
居飛車穴熊(※田中寅彦式組手順左穴熊)が猛威をふるっていた
全盛期だ
「居飛車穴熊破り」という本が出版された(著者 中原誠 ※タイトル名に関しては不確かだが)
オレは当時居飛車党しかも穴熊党でもあったから田中寅彦先生を神様扱いしてた
(※後年あるアマチュアが居飛車穴熊発明者は俺だ!と言って裁判にもなって世間を騒がせたが
それは おそらく 指してはいただろうが 問題は 組上がった囲いの最終形ではなく
組み上げる過程・組手順が重要なのであるから 戦法表現も○○式みたいにすれば
よかったのかも知れない そうすれば研究家たちがもっともっと増えて 我こそ! 我こそ!
となったかも知れない
しかし 田中寅彦先生の組み上げ手順は完璧過ぎた
全国の信者を独占している状態であったから 異論を挟む余地はなかった
ちなみに ひばりが丘西友で田中寅彦先生に指導対局2局教えてもらった
こちらが居飛車穴熊で先生が四間飛車だった(2局とも平手)
嬉しかったなあ オレにとっては師匠以上神様だった
局後の感想戦で負けはしたが
「戦法は良かったですけどねえ笑」と言われた
色紙に「龍虎」のサインしてもらった)
ちょっと話しが脱線した
中原先生の本を買って繰り返してよんだが
やはり 寅彦先生の組手順は完璧でどうやっても穴熊完成してしまう
だから 中原先生の本は流行らなかった
藤井システムとほぼ同じであったにもかかわらずである
それも居飛車穴熊同様に手順が問題だったのである
藤井システムっていったいなんだろう?
「藤井システム」とは「振り飛車戦法」ではない
厳密にいえば「急戦矢倉」である