2024年元日未明も大阪メトロ終夜運転は無し。よって梅田5:20発阪急宝塚線に乗れるようJR環状線天王寺駅まで歩き、4:52発電車に乗車。

 蛍池に5:39着、歩いて伊丹空港北ターミナルへ。5:57入館、カウンター業務開始はまだ、その前に搭乗手続き客が列を作る。ぼちぼちJALスタッフがカウンター前に整列・・・と思っていたら5:59カウンター業務位置にいたまま搭乗手続き開始。あっさりした2024年伊丹JALのスタートだった。

 

 この様子を見届け、JGCカウンターでA席空き状況を訊けば23列目以降のAは塞がっており、私は当初指定22Aのまま2051便搭乗だ。サクララウンジでおかきを食べ、退出後に私よりも早くこちらへ来てこの後羽田へ飛ぶというJAL trico会員伊丹市氏に会った。

 出発便乗務クルーが次々とやって来て、私からセルフ元日行事を実施。要は例年通り新年挨拶紙を掲げるのだが、今年も何らかのインパクトをクルーへもたらしたと思う。

 

 伊丹市氏と話しているところで私の姿に反応するCAがおり、副操縦士・後輩CAと一緒こちらへ来て、挨拶紙に載せた似顔絵シールを眺めていた。当該クルーは出雲行き乗務、私は福岡行き搭乗で20番搭乗口へ。

 そこへ達したら私の姿に驚く女性、ってtrico会員の方やん。御主人もいて夫婦で元日2051便から遠征スタート。搭乗改札が始まれば3人でE190へ。L1ドアを入ったらキャンディバスケットを持って客を迎えるCAが「フライトでご一緒出来るとは」、それから後方CAへ再度挨拶紙を示して22Aに着席した。

 

 6:57ドアクローズ、先任CAが新年挨拶アナウンス、それから英語アナウンスも。20番スポットなのでプッシュバック無しに7:08タキシーアウト、グラハン2名がこちらJA245Jへ手を振っているのを見届け、いざ2051便が出発だ。

 見たら先を行くEジェットの機影があり、2051便が2024年J-AIR 1番機にはならなんだか。それはさておき豊中市の日の出は7:05、もう南東に太陽が見えているはずだが、そちらの方角は曇っており太陽を視認出来ず。

 こちらはランウェイ32Rから7:12離陸、左旋回し南へヘディングを取って上昇、雲を抜けたら向こうで雲から出て来る太陽を視認。時刻は7:13、これが2051便乗客にとっての初日だった。

 

 それを見たら後はいつも通り。7:21ベルトサイン消灯、今日はすぐにドリンクサービスが始まらず、カート1台が後方ギャレイからクラスJへ移動し7:31サービス開始。えらく余裕があると思ったのだが、後方を見たら空席多数。前方に客が固まっていたのであった。

 7:40にホットコーヒーを頂き、その前7:33にキャプテンアナウンス。新年挨拶・高度32000フィート・福岡空港は曇り8度ということが告げられ、「本年が皆様にとりまして輝かしい1年でありますように」で締められた。

 この後機内販売、それからCAが私の状況を聴き取り。毎年J-AIRでセルフ元旦フライトを実施しているということを伝えた。

 

 ベルトサインが7:54点灯、既に九州北方を飛んでおり、ヘディングを南へ変えて8:01ギアダウン。そのまま降りていって8:04ランウェイ16着陸、飛行時間は51分台。「幸福に満ちた1年になりますように」との先任CAのアナウンスを聴いた後6番スポットに止まったのは8:11で、時刻表上7:05→8:30のところが実際には7:08→8:11。ブロックタイムに相当の余裕があるのだが、たぶん福岡のATCを考慮してのことだろう。

 降機前には雲上初日の出画像を見せて後方CAに感動してもらい、それから先任CAへは話題2件。1つはANAのスペースジェットの替わりが今年か来年に決まりそうということ、1つは福岡のJALふるさとアンバサダーCAのこと。後者は先任への地域限定話題である。

 

 この後私は吉野家で食事をして11:55発IBEX便で帰るのだが、今からの3時間半は元日福岡空港ウォッチ。だが眠くなって、振袖グランドスタッフを見かけることなく81番搭乗口前に行って仮眠。

 伊丹へ帰って、こっちの振袖スタッフを見つけるべく14番から20番そして24番搭乗口まで回ったが・・・おらなんだ。けれども何組かのJ-AIRクルーへ元日紙を示し、そうして本日搭乗は終了とした。