即ち25年にわたって毎月1回はJALグループエアラインに乗り続けて来た訳で、そのセルフ記念便は2023年5月1日(月)の羽田→山形17:40発JL179便だった。

 事前に個人的記念である旨の書面を作成し、羽田空港18番搭乗口から17:27にJA245Jへ乗り込めば、あ、知ってるCA!これには自身の300ヶ月連続搭乗達成以上に喜んだ。

 17:38ドアクローズ、95席客室は満席。ゴールデンウィーク中の平日で明日も平日だが、とにかく大型連休中ゆえこうなったのか、あるいは普段からでも利用率は高いのか。

 

 17:40プッシュバック、17:45タキシーアウト、滑走路へ入る際に少々待ち、そしてランウェイ16Rから17:57離陸。18:06ベルトサイン消灯。

 だが5~10分で灯ることがアナウンスされ、よって機内サービスはパス。通常ならキャンディバスケットが回って来るが、当便ではそれは無く・・・というか、それを見越してかボーディング時にバスケットが用意され、私も幾つか摘まんである。

 ともあれ乗客の大半はおとなしく座るのみだが、例外もあって1つは私。CAがメッセージカードを持って来て、その時私から300ヶ月連続搭乗データ書面を提出。

 18:12ベルトサイン点灯、消えていたのは6分間だった。

 

 今回の記念搭乗は「JALグループ」に乗り続けて来たことでのもの。ゆえに私はJ-AIR以上に販売部門スタッフへこれを強調したく、4月下旬にJAL「サービスに関するご意見・ご要望」へ私の連続300ヶ月の件をJALプラザ大阪OG・OBの方へ伝えて頂きたいと送っていた。

 300ヶ月連続搭乗は珍しいものでも何でもないと考えるが、すべて私的目的で搭乗し続け、1998年6月から2010年10月の149ヶ月ではその多くの航空券をJALプラザ大阪や難波・京都駅のち御池・三宮のJALカウンターで購入。これらの場所では自分に楽しいことがあった一方、時には迷惑な客であったかもしれぬが、JALグループ利用者として自身の成長に欠かせない所だったと思っている。

 それゆえ閉店後も同じ調子で乗り続けようと心掛け、この5月で151ヶ月連続。JALプラザで購入してきた年月を上回る。

 同所なき後もJAL破綻にめげず、そうして「月イチJALグループ搭乗」を継続。このことを記し、「すべての方々というのは不可能でしょうが、何人かのJALプラザスタッフOG・OBの方々へこの300ヶ月前半での謝意をいま改めて、そして上記をお伝え頂ければ幸いです」と締めて送信。

 

 その記念便は25年間の中で最も多く乗ったJ-AIR運航便としたいが、月初めの1日朝はJAL777-200ERチャーター出発を見るため羽田におり、よってその後の羽田発J-AIRからチョイスとなって安価で乗れる夕刻山形行きとした。

 JALへは一応その5月1日の搭乗便も記したのだが、これがJ-AIRへ伝わらないはずが無く、かくしてCAからメッセージカードを頂くに至ったのだ。

 

 18:24に雲の下へ出て、そのままヘディングを変えることなく山形空港ランウェイ01進入。着陸は18:29で、飛行時間は32分台。4月の新千歳→女満別148マイルは29分台だったが、今日は190マイルあったので32分台。18:33スポットイン、外は雲のおかげでかなり暗かった。

 後方CAに当便の客室状況を聴けば、時期的に乗り慣れていない客が多いそうな。後で調べたら2往復が飛ぶ羽田~山形線2023年4月利用率は70.9%、1ヶ月間で合計116便が飛び1便当たり利用は67.3人。元々70%超えという高利用率路線だが、且つ当便では普段より27人も多く、それはCAも触れていた通りゴールデンウィークだったからか!

 

 5月1日朝の777-200ER出発前にはJALスタッフへ連続300ヶ月を伝え、帰阪後は梅田ではJALプラザ大阪跡のHIS前へ行き、ビル前から流れる18時のメロディを聴きながらこの300ヶ月を少し振り返った。