(ランウェイ18離陸後に撮影。)

 

 私が福井空港の存在を知ったのは、1998年10月の中日本エアラインによるチャーター便運航を載せた「エアライン誌」を見てだった。

 かつてはANA定期便発着があったものの1976年を最後に休止、その当時のターミナルを有しながら現在に到るが、定期便再開の目途は立たないのか。1990年代には我が国でも大館能代・庄内・福島・但馬・石見・佐賀・枕崎といった空港が新たに開港しており、その潮流の中で1200m滑走路を有しながら定期便発着が無いことに私は関心を抱いた。

 

 後日福井県大阪事務所へ福井空港の現況を聞きに行ったが、そこではNALチャーターはコミューター航空を導入しようとする商工会主導で行われ、県側は滑走路を2000mに延長した上でジェット機就航を目指していると言われたように憶えている。活用に関して考えの違いがある、この時そんなことを思った。

 現地を訪ねようと思っていたが、大阪から近いのでいつでも行ける、そういう考えが災いし数年間延び延びに。けれども2004年10月上旬に旅客機趣味界重鎮の知人から福井空港発着遊覧飛行に乗ろうと誘われ、私は「チャンス!」とばかりに行くことにした。

 

 2004年11月3日(水)午前9:27、知人と私はJR北陸本線春江駅に降り立つ。福井駅から金沢方面へ2つ目のこの駅が福井空港への最寄駅で、私たちはここから歩いて空港へ向かった。

 路線バスの有無は調べておらず最初から約2kmを歩くつもりで、幸いにも晴天だった。途中離陸する小型機が見え、空港の場所がどの方角かが判る。

 広い通りを北へ進めば「福井空港」と記された標識があり、右折すれば空港ターミナルが視界に入った。さすが旅客定期便発着そして現在でも国際チャーター便発着空港だけのことはある、そう思わせるターミナルだ。

  

 1階はかつて全日空カウンターがあったがそれは撤去されており、ロビーには飛行機モデルや行事・歴史写真が展示されている。その写真が凝視対象で、福井空港開港時のフォッカー27や後年のYS11のものがあり、これらは全日空定期便就航時のカットである。

 同フロアには「公共施設地図航空」のオフィスもあり、こちらが遊覧飛行ほかを行っている。

 2階は無料送迎デッキや空港事務所がある。デッキからはセスナ172などの小型機が見えるが、このようにエプロンを眺めていると旅客機が飛んで来そうだ。実際にチャーター便飛来があり、来月12月にも北海道エアシステムのSAAB340Bが来るが、考えてみれば「福井空港」と「HAC」の組み合わせなんてまことにレアなもので、一見の価値があるな。

 

 祝日のせいか家族連れが何組か訪れている。定期便が来なくても、小型事業用機だけでもその離着陸の様子は子供たちの観賞に耐え得るのかもしれない。いやそれだけではなく、旧ANAカウンター跡のオフィスへ入っていき、あちらも遊覧飛行かな。

 いっぽう私たちだが、知人が予約していた13:00出発よりも早く乗れることになり、1人6500円の東尋坊遊覧15分コースを選んだ。

 使用機材はセスナ172。エプロンへは地図航空オフィスから直接出られるが、一般人はメンテスタッフに案内され一旦ロビー~2階空港事務所~1階地図航空オフィス~エプロン、つまり一度空港事務所へ顔を見せてから出るということで、3mで行けるところを50mかけて行った感じだ。

  

 まだ晴れており遊覧飛行日和。エプロン側からターミナルを見られるのも貴重だ。そして乗り込む機体はセスナ172・JA3941、座席数は4。前列左には機長、右に知人、後列右に私が座った。

 11:39にエンジンスタートしランウェイ18エンドへ、そして11:44離陸。上昇中右旋回、こうして見れば福井空港が福井平野の田園地帯の中にあるのがよく判る。

 JA3917は高度1000フィートで、北北西330度へ進路を取り越前海岸を目指していた。私にとって福井県とは北海道との往来に通る所や京福電鉄・福井鉄道を見に来る所であり、観光は無く、ましてや空を飛ぶとは想定していなかった。

 

 左手の海岸には石油タンクが並んでおり、眼下には京福電車で訪ねた三国の街が見え東尋坊は近い。なるほど名勝だけあって観光タワーまである。

 海岸に沿って飛び雄島上空で右旋回、視界の先には石川県や山々が広がる。既に福井空港への帰路に入っているが、地上は田園そのもので市街地はその中にあるといった印象だった。

 芦原温泉駅を臨み福井空港着陸コースへ。11:59ランウェイ18に着陸、飛行時間は案内通り15分だった。「たった15分」と思えるが、空の15分は乗っているとけっこう長く感じるものである。

 

 搭乗時の逆コースをたどり再度2階空港事務所を通る。この部屋にはJASのA300デスクトップモデルがあり、はてさてどうして福井空港とは無縁の日本エアシステムの290人乗りジェット機モデルが飾られているのか?答えは、福井空港乗り入れをお願いに行った時に頂戴したもの、であった。

 福井にJAS!!尤も実現には滑走路2000m化が大前提だったことだろう。

  

 しかしながら2003年6月に拡張整備計画が取り止めになり、ジェット機就航は見通しが立たなくなった。現在はコミューター航空就航へ向けての準備を施すと空港概要に載っている。そう、1200mランウェイのままなら、福井空港に来られるのは100席未満プロペラ機、あるいはその長さで離着陸が可能な小型ジェット機しかない。

 ならば近くに県庁所在地・福井市があることから、100席未満機を呼び込めばよかろう。天草は1000m、但馬は1200m滑走路で定期旅客便が就航しているし、ここ福井にもチャーター便でウラジオストク航空ヤコブレフや国内航空会社のフォッカー50・SAAB340Bが発着しているではないか、と私は考えていたのだが。

 

 「コミューター機を定期便で飛ばすにしても、どこへ飛ばすのですか」と私は福井空港勤務スタッフから聞いた。

 羽田へは事実上100席未満機は入れず、名古屋・大阪へは航空機移動には近すぎる。遠隔地へ行くなら福井市からは遠くなるけれど小松空港へ向かい、そこからジェット機に乗ったほうが総所要時間で「福井空港からプロペラ機に乗る」より短くなることだってある。

 需要が少量な所へ飛ばす考えもあろうが、航空需要そのものがあるかということも考慮せねばなるまい。

  

 上のことを考えれば、100席未満旅客機による福井空港定期便就航には困難が付きまとうと思えてきた。

 天草は福岡への大幅時間短縮実現で注目され、但馬は伊丹乗り継ぎによる羽田往来利用を目指している。これらに較べ大阪・名古屋へは北陸本線高速列車があり、羽田へは小松からのジェット機多頻度運航がある。そういう福井空港には、「売り」にできることが現状では少ない。

 私は滑走路長が1200mもあるのだからと、ターボプロップ機による定期便発着を期待していたが、それの需要が大きな問題となっていた。収益を望めない空港へは定期運送航空会社は入りたがらない、そんな当然ともいえることが思い返された。