(1992年4月網走で撮影)
JR北海道では2013年の火災事故に端を発してNN183系特急型車両メンテナンス実施、それに伴って札幌~函館特急が車両不足に陥り混雑度合い上昇、臨時特急を運行するも普通車モノクラス編成・車内販売無し。かつてキハ56・27による臨時気動車急行「すずらん」でも車内販売があったことを思えば、優等列車サービスの質的低下が甚だしい。
さらに相次ぐスピードダウン、283系「スーパーおおぞら」は最高時速130㎞が110㎞へ、281系「スーパー北斗」・NN183系「北斗」は130㎞から120㎞へ。261系「スーパーとかち」が130㎞から120㎞となり且つ車体傾斜装置使用停止、261系「スーパー宗谷」も同様。せっかく高速化を図って261系で新メカニズムを導入したというのに、ここで技術的後退を取るとは。
新型である285系気動車は開発中止、替わりに261系増備となったがこれが振り子でも車体傾斜でもなく、最高時速120㎞の車両を置き換えるだけで、平凡感が否めない。
かくなる2014年のマイナス状況下に於いて、唯一スピードダウンも無く、車内サービスダウンも無く走り続けることになったのが183系「オホーツク」だった。同系0番台を主として組み込んだ編成、即ち旧態依然の姿はスピードアップと関係が無かったが、それゆえイメージダウンが生じず、相対的にイメージアップ。黙々と走り続ける「オホーツク」は、JR北海道の中での救いにさえ思えた。
2014年7月19日(土)、女満別空港に降り立った私は留辺蘂へ向かう。西女満別まで歩き、そこから普通列車で美幌へ。自衛隊の街である等々を聞いた後で特急「オホーツク6号」自由席乗車。観光シーズンだとは思うが、ハ+ハ・ハザ+ロザ・ハザ+ハザの4両編成。けれども自由席車両には腰掛数の多い500番台車が充てられており、入線時に車内を見たら空いていた。私は0番台車両の「ハ・ハザ」自由席に座る。オリジナルの腰掛ではもはやなく、785系普通車と同タイプのリクライニングシートに替わっていた。
ワゴンサービスが来てサンドイッチセットを購入、飲み物はホットコーヒーとして午後のひとときをくつろぐ。途中でこの地方の中心地である北見に停車、客の入れ替わりがあり乗車客のほうが多かった。それでも自由席には空席が目立つが、既に北見地区~札幌移動の主力は急ぎなら飛行機、他は高速バスだと美幌で聞いた。
乗車区間が北見盆地の平坦部だったのでスピードは快調、四十数分間の特急列車の移動を楽しめた次第。そしてこの腰掛とワゴンサービスなら網走~札幌の全区間乗車も苦にはなるまいと思ったが、そういう乗車はこの日から30年さかのぼった1984年7月に実施済み。ただし往時はキロ182の売店で調整したハンバーグランチを自由席で食していた。
上記の乗車当時は「スーパーとかち」「スーパー宗谷」も最高130㎞/hを維持していたが、8月30日から車体傾斜を止め且つ最高速度低下の旨が7月4日に発表されており、よって「オホーツク」が唯一のスピード・サービス維持列車になると思っていた。
ところが年明け後2015年2月12日の発表は目を疑うもので、それは全区間所要5時間を上回る「オホーツク」4往復・「スーパー宗谷」2往復に於いて、3月31日を最後に車内販売廃止。もとからそのサービスが無かった「サロベツ」と同じになる訳だが、私としては最後の牙城が崩れゆくという思いだった。
車両が古かろうが、スピードが遅かろうが、そして編成が短くなろうが、接客サービスが変わらないことでJR北海道気動車特急の中で輝く存在となる。けれどもそれでいたのは、結局2014年8月末~2015年3月の7ヶ月間だけだった。
車内でホットコーヒーを飲めない特急列車には積極的に乗ることがない私ゆえ、当然「オホーツク」も過去帳入り。国鉄時代は「食堂車営業の最後の在来線昼行特急」でもあった「オホーツク」、この先同列車に特急としてスポットライトが当てられる日は戻って来るのだろうか。
