恋鳥

恋鳥

バキュン

Amebaでブログを始めよう!

洗濯物を干していたら、お天気が悪くて気が付いた。

 

昨日の息子氏「雨だからやる気が出ないよ」と言っていた。

事実、望まない雨にやる気満々な人は少ないだろう。

それは事実だから愚痴やぼやきの類としては仕方ない。

 

……けど、息子よ。

だからやらなくて良いと良いという訳ではないんだぞ(;´Д`)

 

私は、友人に対して

「季節の変わり目だから仕方ないよ」

「今日は気圧が安定してないから仕方ないよ」

「雨だったんだから仕方ないよ」

「台風だと気持ちが荒れるもんだよ」

なんて話すのだけど、やはり子供は親をよく見ているなと思う。

よく見ているし、聞き耳を立てている笑

 

そして、自分の気持ちの落ち込みや、なんとなく憂鬱な感覚があるから「今日は〇〇でから仕方ない」と考えるようになったんだろう事は容易に想像ができる。

 

困った。

 

確かに8歳の息子はまだグレーゾーンだ。

音に過剰反応したり、触感、食感の好き嫌いも激しい。

でも、彼は医師の診断(発達テスト)はクリアしていて、現在は隔週で心理士の先生と面談している。今のところ定型発達についていけているし、学習系も他生のちぐはぐはあれど、問題はない(学習障害は今のところない)

少しずつ「その違和感や嫌いはあっても良いけど、我慢のできる範疇なのではないか」ってのが、本人も判りつつある。

 

毎日手触りのいい自分好みの衣服に包まれ、嫌いな味や食感の食べ物はなく生きられる人間なんていない。

多かれ少なかれ我慢は必要なのだ。

 

生まれつきの気質で苦手が多いかも知れないし、我人より我慢が必要な人生だろうけど、それはそれ。それこそ仕方のない事なんだ。

だから「季節の変わり目だから仕方ないよ」は他の人が気にすることなく、移り行く季節を楽しむところを過敏な人がその「季節の変化に慣れるのに、ワンテンポ遅れても仕方ないよ」であって、慣れなくていいわけじゃない。

 

同じく気圧が~もそう。

「原因を知らずして対策を怠るより、〇〇だから対策して自分なりの精いっぱいでいいよ」であって、気圧に弱いから寝ていていいという訳じゃない。それで生活が立ち行く人ならそれも良いだろうけど、健常者すら過労死する日本で悠々自適に生きていける人なんか極わずかだ。もしかしたら存在しないかもしれない。

 

自分の力の及ばない事に対して諦める(明らかに見極める)と同時に、その中で自分がどこまでできるか、どの範囲まで頑張れるか、どんな対策が必要であるかを意識しようねってのが「〇〇だから」の部分。

「しかたないよ」は定型発達の人より、なんらかの作業が遅くても、劣っても、ミスをしても「仕方のない事だから悔やまず頑張ろう」なのだ。

 

大人同士の省かれた、言外のニュアンスを理解していての言葉であって、慰めであって、労りなのだ。

 

まだまだ言葉を知らない、言外のニュアンスの伝わらない子供がストレートに言葉だけを受け取ると本来の意味と違う形で伝わってしまう。居候ちゃんは診断的にはギリギリ定型発達で、グレーゾーンではない。グレーゾーンではないけど、人生経験的に、また言葉に対すね認知の歪み的に「少し前までならアスペルガーって言ったけど、今はスペクトラムっていう言い方をする」と医師に言われた程度に空気の読めない子。

 

この二人だから言葉の使い方を間違えると言葉を狡猾に使おうとしてしまう。ヤバイな……これは危険だな、近々心理士先生と交えて説明が必要だな……と思った。

成人済みの居候ちゃんは認知の歪みを矯正する事はもう不可能なので、丸暗記する方向でしか社会性を育てることはできないけど、息子の方はまだ「ニュアンスというものがある」という事は理解させられるだろうし、それを知れば間違った使い方をした時に私が眉をしかめる意味を理解できると思う。

 

私が「そろそろ本当に怒りますよ」という声のトーンで、息子はちゃんと怖がる。察することができる。空気を読んで正座して話を聞く態度をとることができる。これを失わせるわけにはいかない。

 

……居候ちゃんにはこれが判らない。

声のトーンが変わった事を声のトーンが変わったとしか思えない。

怒っているのかな? とは思うらしいけど、怒っているの? 怒ったの? なんで、どうして? なんで怒るの? と火に油を注ぐのだ。

彼女は彼女で苦しいだろうけど、定型発達である以上支援は受けられないし、自分で学ぶしかない。

自分で人の顔色を正しく判断するしかない。

実際、社会人として外にいる時彼女は人の顔色を伺うことはできるし、人に合わせることも可能だから定型発達なのだろう。

ただ、甘えても良い人間だと判断したとたん見誤る。そうやって今までたくさんの友達を失ってきただろうし、私もとょいちょい見捨てたくなる。彼女には「我慢」を教えているところだけど、その我慢はつらいものではなく、自分が良きる上で武器になりえるものだと理解して欲しい。

執拗に大人を質問攻めしていいのは10歳くらいまでだろう。

国語の辞書の引き方を覚える、判らない事は調べる、調べても判らない時は人に聞くこともできるけど「何が判らないのか」を明確にする必要がある。丸投げしてはいけない。

簡単に答えを欲するのを我慢する必要があるし、調べても簡単に答えが出ない事にも我慢しなくちゃいけない。

忍耐と言い換えるべきなのかな。

我慢だと自我が強いから忍耐を覚えろと伝えた方が伝わるのだろうか(;´Д`)

でもこの居候ちゃんに関しては私が生んだわけではないので、自力で育って頂くしかない笑

 

私がなにかを教えるべきは息子なのだ。

グレーゾーンから脱出して定型発達として生きていけるとしても、ギリギリのラインでさまようのはしんどい。中途半端な位置にいる事はめちゃくちゃ苦しい。割り切るために必要なのは言葉は使い方で、受け取り方で違ってくるっていう現実。

 

……なんて考えているとまたドクターに「そこに関してはあなたが病的なんだよ」と指摘されてしまうのだろうけど笑

私の方は発達障害に算数障害+二次障害が少々。

だからこそ、新しい事と出くわすために一つ一つ解して

投薬治療と生活のスケジュール管理などでいわゆるジョブコーチ的な形でいろんな人に助けてもらっている。

 

苦手なことがあるのは全然問題ない。得意なことがあればカバーできる。でも、何が苦手なのか、どうして苦手なのか伝えられないと積む。

ゆるゆると使う言葉だから「それを踏まえて頑張ろう」って意味なんだってのは早めにしっかり伝えなくちゃな(;´Д`)