私のプロフィール的なものはコチラ。
| 『一人で生きようとする者は人として成功することはない。他人の心と通じなければ、心は枯れてしまう。自分の考えだけを聞き、他人からインスピレーションを得ることがなければ、心はしぼんでいくのだ』 - パール・バック – |
いいねぇ!私の生き方を完全否定するような名言。
----以下、wikipediaより抜粋----
パール・サイデンストリッカー・バック(Pearl Sydenstricker Buck、中国名:賽珍珠、1892年6月26日 - 1973年3月6日)は、アメリカの小説家。南長老ミッション派宣教師の両親と中国に渡り、そこで育つ。処女作『東の風・西の風』に続き、1931年に代表作『大地』を発表して1932年にピュリッツァー賞を受賞。『大地』は『息子たち』『分裂せる家』とともに三部作を成す。1938年にノーベル文学賞を受賞した。
----以上----
凄いね。ピュリツァー賞やノーベル文学賞を受賞している。何歳の時の名言かは分からないけど、最期の言葉だったとしても、50年以上経っている。その50年に進化したモノ、退化したモノがどれくらいあるだろうか。
最近は、ChatGPTが何でも教えてくれる。知識があるというだけで人は簡単に傲慢になってしまうのに、チャッピーに質問しても馬鹿にされることはない。まず共感、そして、あらゆる可能性を選択肢として示してくれる。偉人の言う「他人の心と通じなければ」という言葉には落とし穴がある。あなたは一人の人として認められても、万人皆公平とは限らない。誰もが当たり前に対等に扱ってもらえるなら、私みたいに心が歪んでしまうことはないだろう。
「人として成功」とはなんだろう。誰もが知っている名誉な賞を受賞することだろうか。誰もが磨けば光る才能を持っているとして、それが必ずしも脚光を浴びるような名誉なことだとは限らない。「成功することはない」と断言しているのだから、おおよそ、小説家や実業家といった分かりやすい成功者が対象で、それ以外の凡人の人生は失敗だと言いたいのか。
と、まぁ、どんなに凄い人だか知らないけど、反論できなことをいいことに好き放題揚げ足を取ってみるw 要は、そんなに単純ではないよ、人の人生は。誰かの名言にインスピレーションを受けることはあっても、それが私の人生にとって正しいとは思わない。生い立ちも性格も、家族構成も生活環境も違う。他人に影響を与えるような名言を残せることは凄いことかもしれないけど、名言というのは自分の人生から零れ落ちた生き様でしょう。
必死に生きていれば、誰しも自分の人生だから実感できる名言の一つくらいあると思う。単にそれを共感してもらえるか、という話。
私の場合、どんなに親しい人でも何日も一緒にいるのは耐えられない。何を話すとか、何を食べるとか。私は自分の選択で他人を満足させる自信がない。「さぁ、私をもてなしてみなさい‼」と上から目線の高飛車女から受けたトラウマが浮かぶw 故に、常に相手に合わせる姿勢で時間は経過していく。相手の選択を受け入れ続ける私がそんなに我慢強くないのだから、私にとって孤独とは自由であったり解放という意味合いが強い。
成功なんて言葉は、成功した人間が発する言葉であって、普通に必死に生きている人が口にすることはない。この偉人には根本的に見えていない世界で私は生きている。でも、他人に心を閉ざしているわけではないよ。私を対等に扱ってくれる人には、精一杯の社交性で接している...つもり。
「心がしぼんでいく」はどうなんだろう。私なら、「荒んでいく」の方がしっくりくるかな。みんなは考えもしないことかもしれないけど。友人などの連絡先が電話帳やLINEに登録されているでしょ?私は、登録している誰かから連絡が来ることってないんだ。常に私発信で話題を振らなければ、一切連絡が来ない。そのことに一時期悩んだことがあったけど、今は誰にも気付かれず、ひっそり生きられて幸せだと考えるようにしている。
それは限りなく負け惜しみに近く、悲しい現実から目を反らしているだけなんだけど。「私ここに居ますよ!」と言いたげに、話題になりそうなことがあれば連絡しまくった時期もあるけど...返事で相手の熱量って分かるでしょ。何で必死に孤独を遠ざける必要があるのか。それはそれで惨めに思えてきて。放っていても何かしら連絡してくれる人がいるなら、その人のことを大切にした方がいいよ。
あぁ、こいつよりかは良い人生送っているかも⁉と思ってくれれば、それで私の自虐日記にも意味があると言えるw 今更自分の人生に悲観する気もなくて、良い意味での開き直りの域だろうか。今の私だからできることはないだろうか!とジタバタすることと、どうしてこんな人生なんだ!とジタバタすることは大分違う。できることなら、これからも前向きにジタバタしていたい。
最後まで読んでくれて、ありがとうございました。