童話「ふたご星〜あるいはカストルとポルックス」8 | 「百年の孤独 千年の愉楽」
童話『ふたご星~あるいはカストルとポルックス~』8

  8  屋根の上のねがいごと

  北風が、たくさんの渡り鳥と冬をひきつれてやってきました。
  強い風にあおられて、葉っぱのぜんぶ落ちてしまったクヌギの木は、それでも
「ええい、だいじょうぶだい」
  とがんばっていましたが、やっぱり枝の先をピチピチならして身ぶるいしています。
  ブルドーザーによってずたずたに引きさかれた森の中では、小鳥たちも動物たちも、かれ葉の下に身をよせ合っている虫たちも、冬のつめたい吐息にさらされてブルブルッとふるえています。
  ただ風だけが
 「ゴーゴー、ヒュルヒュル、ドードドド」
  と空いっぱいに飛びまわっていました。

  そんなあるさむい夜のことです。
  ポルックスは、ひとりぽつんと屋根の上に立って、夜空を見上げていました。長くのびたかみの毛は、北風になびいてサラサラサラと銀の鈴のような音を立てています。
  空はポルックスをつつみこむようにまあるく広がり、いく万年もの遠いむかしから走りつづけてきたお星さまの光に満ちあふれています。そのお星さまが、
 「あなたがたのことは何もかもみんなしっているんですよ」
  とでも言うようにキラキラキラとゆらめいたものですから、町の灯もまどのあかりも、地上の光という光のすべてが、ぽっとはずかしそうに顔を赤らめました。
  今夜は、何だか時間の流れさえゆっくりかんじられます。
  それはまるで、時間の流れがかげろう色のゼラチンにかわり、森や人、小鳥たちや虫たち、そしてこの世のすべてのいのちを、ほんの少しでも長らえようとしているかのようでもありました。
  空はとてもいい香りにつつまれています。それは、芳しいエーテルの香りでした。

  屋根の上にぽつんと立っているポルックスは、ひとりごとをつぶやくように、すきとおった声でお星さまにむかって話しかけました。
 「ねえ、お星さま。ゆたかさとかしあわせって何なんだろうね。森をつぶして道路をつくったり、川をせきとめてダムをつくったりすれば、たしかに人間はべんりになるよ。でも、それまでしずかに暮らしていた小鳥たちや魚たちはいったいどうなると思う?小鳥だって魚だってみんなこの場所でいっしょに生きているのにね。
  町の人たちはぼくのことを『気狂いポルックス』ってよぶけれど、ほんとうにそうなのかもしれないな。ぼくはぼくなりに「みんなのしあわせ」をいっしょうけんめい考えているつもりなのに、小鳥や虫や花や魚たち以外はだれにもわかってもらえないんだから。
  みんながいるからみんななのに、ね。花も鳥も人も魚もウサギも虫もカエルもキノコもみんなみんなおんなじなのにね。みんがいるからみんななのにね。
  だから、お星さま。ぼくは、みんなのために、みんなのしあわせのために祈ります」
  風がうなりを上げて走っていきました。それはまるで、ポルックスのことばを聞いて、ゴーゴーとないているようでもありました。
  すべての木という木がいっせいに枝と枝をこすりあわせたので、森はひとつのいきもののように、うおーんと大きくゆれ動いています。
  風の中に立つポルックスは、深いみずうみのようにすみきったひとみいっぱいに、水晶色にかがやくなみだをためていました。
  そのひとしずくが、ほほにこぼれ落ちたちょうどその時です。

  空ぜんたいをオレンジ色にそめて、とてつもなくあかるい流れ星がきらめきました。
  ポルックス星のあたりできらめいただんろの炎のような光は、またたく間に青白くかわり、やがて銀色のかがやきへとうつりかわっていきます。銀色のかがやきは、まるで大ばくはつした火山のように、あたり一面に光のつぶをパアッとまき散らしました。
  銀色の光のつぶがまばゆいばかりに乱反射して、あたりがまるでゆめの世界のようにゆらめいた時、両手を広げ、かみをなびかせて天を仰ぐポルックスのすがたが、ほんのいっしゅんだけ、シルエットになって夜空にうかび上がりました。

  やがてーー。光のつぶは音もなくきえさり、夜空には、またもとどおりのあたりまえのしずけさがもどってきました。
  でも、やみ夜に目をこらして見ても、屋根の上に立っていたはずのポルックスのすがたは、もうどこにも見あたりませんでした。
  夜のやみは、いきをひそめたようにしずかです。ただ北風だけが、さびしげな音をかすかに立てながら、木々のあいだをとおりすぎていきました。

                          (つづく)