童話『ふたご星~あるいはカストルとポルックス~』9
9 カストルのなみだ
カストルは今夜も星のかんそくをしています。
すっかり冷え切ってしまった両手に息をハーハーふきかけながら、ちょうどふたご座のあたりを見つめていました。かれにはなぜか、今日のふたご座がとびきりかがやいて見えたのです。
カストルはふたご星を見つめながら、幼い日のことを思い出していました。
はじめて星を見た日のこと。
ポルックスとふたりでさむい夜空のもとに立ち、星図を見ながら星座の名前をおぼえていった日々のこと。
流れ星を見てなきだしそうになったあの日のこと....。
とつぜん、カストルのむねに電流が走るようなふしぎな感覚がつきぬけました。と、同時に、空気中の粒子やほこりが静電気をおびて、いっせいにパチパチなりだすではありませんか。空はまるで真昼のようなあかるさにつつまれています。
ーー流れ星です。それも、とてつもなくあかるい流れ星です。
ポルックス星のあたりでオレンジ色の光をはなった流れ星は、青白くかがやきをかえて空を切り開き、そうして最後にはまばゆいばかりの銀色の光をまき散らしながら、西の山かげにきえていきました。
信じられないほどの美しさでした。
天文学者のカストルでさえ、ついわれをわすれてぼうぜんとしてしまうほどの美しさでした。
(まるでポルックス星が流れ落ちた見たいだったな)
そう思って、カストルはハッと息をのみ、
(ポルックス、ポルックス)
こころの中でそうつぶやきました。
天文台はもう大さわぎです。
見たこともないような巨大な流れ星に、科学者たちはすっかりこうふんして、大声をあげながらドームの中をかけまわっています。
でも、カストルだけは、じっとしずかに星空を見つづけていました。かれにはもうすべてがわかっていたのです。流れ星が流れたわけも、そして、どこまで飛んでいったかも.....。
そっと目をとじると、ひとみのおくをしずかにほほえむポルックスが通りすぎていきます。お星さまにむかってずんずんずんずんのぼりつめるそのすがたは、しだいに銀色の光をおびてかがやきはじめています。
ひとみのおくにうつるポルックスの笑顔は、子どものころとちっともかわりません。こころをほっとさせるやさしさにつつまれていました。
カストルはもう、あとからあとからあふれ出るなみだをどうすることもできません。
そっと立ち上がると、まっ赤にはれあがった目をそで口でゴシゴシこすり、懸命のほほえみをつくりました。そうして、星空にむかいあい、夜空にかがやくポルックスにむかって、なんどもなんどもただやさしくうなずきつづけるのでした。
《エピローグ》
カストルとポルックスのおはなしは、これでおわりです。
長い長い時間を織りこんで、幾重にもかさなりあったお星さまのカーテンは、こうしてまたひとつ、新しいひだをつくっていきました。
空は今夜も心地いいまでにすきとおって、サファイヤ色のはだをしています。草や森や家々の屋根も、何ごともなかったようにそっと目をふせてまどろんでいます。
そう、時間の流れが、重々しい歴史のすそを引きずって、
《みんながひとつであること》
の、その意味にむかって、また一歩、足を前につき出しただけのことかもしれません。
ひんやりと夜つゆにおおわれた大地に、風も走ることをわすれたようにしずかです。
お星さまは、空一面に散りばめられた宝石のうずとなって、かわらないかがやきをしています。そんな中で、カストル星とポルックス星は、ひときわ美しいかがやきをはなちつづけているのでした。
「キラキラキラ」
ほら、いま、ポルックスが三度まばたきをしました。
(おわり)
