偽りの代償4. | たはっ(´艸`)♥ ~xiuminmoment~

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exoのシウミン受に滾るff・小説腐ブログです。


フォールズチャーチの自宅から9マイル。
何度来たかわからないリフレクティング・プールも、日中の陽気な雰囲気はない。
早朝のこの時間帯は散歩をする老人くらいで、波の立たない水面はとても神聖な場所に見せた。


時間が止まればいいのに。
あと8時間後にはもう別の星の人。


何度も彼の遠征を送り出してきたけど。
何度体験しても慣れるものではなかった。




「…おめでとう」


「ほんとはそう思ってないくせに」


「うん……ぜんぜんめでたくない」




やっぱりどうにもならないんだろうか。


今からでも辞退できないのだろうか。


往生際が悪い僕を責めることないジョンインの手が僕の手を握ってくれた。




「まだ俺死ぬって決まったわけじゃないんだけど?」


「…っ」


「お前が泣いてたら、そっちの方が心配でしくじるかも」



そう言って僕の涙を拭ってくれる優しい人。


怖くないの?と昔聞いたことがある。

―怖いんだとは思う。
ただ毎日そういう場所にいると、その怖さに気付かないよう蓋を出来るようになるんだ―


そのときはそういうもんなのだろうかって思ったけど。
でも結局僕には理解できなかった。
理解できない僕をちゃんと理解してくれているジョンイン。
だからこそ我儘を言いたくなる。
僕の我儘を聞いてくれなかったことはないジョンインだから。



「…俺がどんな状況でも、お前の隣りはあけといてね?」


「うんっ」


「絶対帰ってくるから」


「絶対…絶対だからなっ」



フォレストとジェニーが抱き合ったように、僕たちも抱き合った。
それだけじゃなくてたくさんキスもして。


これが最後じゃないことを信じて。


また同じ景色を見ようって約束して。



バックを持って立ち上がったジョンインの後ろ姿はもうジョンインではなくて。


エージェントの背中が僕を現実に引き戻していくようだった。
























-----偽りの代償4











チェ・ルハン25歳、国籍は韓国。
ソウル特別市竜山区で出生。
兄弟は無く、高校1年生の時に交通事故で父親を、21の時に病気で母親を亡くしている。
母親が他界した後の身寄りはなく、高校を卒業して以来、職場を転々とし、1年半前より件のホテルの契約社員として働き出し現在に至る。


他の従業員の話では、寡黙で人付き合いは希薄な印象。
他人を寄せ付けない雰囲気で、プライベートを知る人物は無し。
仕事に対する姿勢は真面目で、特に現場でのトラブルも無し。



「…えっと…職場以外の人間関係…は…」



交際相手は無し。
その他、親しい人間も空欄。


いずれにせよ経済的・精神衛生的な面では順風満帆な生活だったようには思えない。
そのところにあの事件。


彼は同情されるのは嫌いだろうか。


どちらかといえば裕福な家庭に生まれて、一人っ子だったからか余計甘やかされて育った僕と比べると、私情を挟むべきではないとは分かっているけど、可哀想だと思わずにはいられなかった。



理解ある両親のおかげで、マイノリティセクシャルを告白しても、ジョンインも一緒にかわいがってくれる愛情にあふれた家族が僕にはあった。


努力を全くしなかったといえば嘘になるけど、それでもストレートでいわゆる高給と呼ばれる職種にも就けた。



職場の中でも僕はまだまだ若手で、容姿もそれに拍車をかけて未だに新人にするみたいに面倒見のいい先輩と上司、そして気の合う同僚たち。


そしてジョンインという僕の一番の理解者であり、愛する人とも出会えて。


どう自分の人生を不幸な角度で見ても、彼の尺度で言えば、挫折と言えるものは僕には見つからなかった。



「…はい、ミンソク」


『あぁ、俺』



明日はこのプロジェクトの第一回目の報告ミーティングがある。
普段見かけることも少ない上層部がお目見えするというのに、何一つ収穫がないという報告だけは避けたい。


本来なら人一人分の分析といえど、1日では見通せないくらいの膨大なデータがあっていいはずだけど、
彼に関しての情報は極端に少なかった。
だからこうやって限られたデータとにらめっこしてしているというのに。



「…ジョシュ」


『お前今日休み?
どこ探してもいないし、周りのやつらも知らないって言うし』


「ごめん、何か用だった?」


『いや、久しぶりに今夜飲みでも行かないかなって』


「あぁ、僕しばらくしばらく家で仕事しなきゃならなくて。
だから悪いんだけど、そういうのもしばらく無理そうかも」


『ぇえ!?大丈夫か?なんかあったのか?怪我?病気?』



タメで同期入局のジョシュとは部署は違ったが、僕の面倒を見たがるお節介な人間のうちの一人で。

取りあえず落ち着かせてそんなんじゃないよって言わないと、今すぐにでも僕んちに押しかけてきそうな勢いだ。



「今関わってるプロジェクトの関係でさ、上からの命令なんだ」


『そうか、なんか大変そうだな。
きつかったらいつでも付き合うからさ、言えよ?』



うん、ありがと。
そう言って電話を切ると、ちょうどルハンが起きてきた。


時計を見ればもう10時半だ。



「おはよう」



言って気が付いた。
朝ごはんを作っていない。



「ごめん!今からすぐ作るからちょっと…じゃなくて、もしかしたら…」



1時間くらい待たせるかも…と自然語尾が弱くなるのを、彼はシリアルでいい…とちょっとそっけないふうに言って、キッチンに入っていく。


なんだ。
別に手作りじゃなくても食べるんじゃないか。
昨日は泣いて食べたくらいだから、僕が作ってやらないとって思ってたのに。



昨日のしおらしさがかけらも感じられない冷めた態度に少し傷つく。
ちょっと気難しい動物を手懐けられたかも、と調子をこいていたみたいでなんだか恥ずかしかった。



「…昨日は…」



シリアルにミルクでも注いでいるのだろうキッチンに背を向けて、ちょっとふてくされていれば、件の彼がぼそっと何か言った。



「え?」


「…昨日は…その……取り乱して…」


「…」



それきり俯いて言葉を発しない彼にそっと近づいて手元を覗いて見れば、二人分のマグカップ。


お詫びのつもりだろうか。
昨日のことは、もういいって言ったのに。



「…僕は少し薄めの…そっちの言葉で言うと…えっと、アメリカ…?…」


「…アメリカーノ」


「そうそれ!…ミルクもシロップも無しで」



色々転々としていた中に、カフェの店員というのも入っていたのだろうか。


カートリッジ式が流行ってるけど僕は断然豆から入れる派で。
無人島に何を持っていくかと聞かれたら、間違いなくこのデロンギ君だって答える。
その優秀なコーヒーメーカーを触る姿は中々様になっていて。
もちろん味も。



「おっ…うまい」



そう言って礼を言うと、照れるようにほんのちょっとだけど笑ってくれた。
そのはにかむみたいなぎこちない笑顔が本当に可愛らしくて。
少し年上にも見えなくはない無表情から一転、年相応…いやそれ以下にも見えるくらいだった。


もっと笑っていればいいのに。


そう思ったけど、彼にはそうできない理由が本人でない僕にでも簡単に想像がついたから。
事件もそうだけど、生い立ちを知ってしまっては、そう簡単に気楽に行こうとは言えなかった。



「君はこれから僕が保護するわけだけど。
家の外には常に僕らを守ってくれる人たちが待機してくれる」



またこの言葉も一体どれだけ彼を安心させるに足るか。
保護といえば聞こえはいいが、いわゆる監視というもので。
武術をまるで習得していないから僕だけだと不安だろうから、と付けられた気休め程度の護衛。
カーテンの隙間から下を覗けば、先ほどチーフから連絡があったように、黒の四駆が配置されていた。



彼は僕の手を何かの凶器だと認識したくせに、どうしてそれを凶器だと思ってしまうのかを彼の頭ではかみ砕いて説明できない。
丸々抜け落ちていたならまだよかったのかもしれない。
ただ恐怖だけは体が覚えてしまっていた。


あなたは銃に打たれて負傷しましたと。
恐らくあなたには何の恨みもない人の銃弾が、あなたが目撃したことを抹消するためだけに体を貫きましたと。
その事実が彼の心を閉ざすんじゃない。


きっと、その体に刻まれた恐怖を慰めてくれる恋人や友人、家族さえもいないということが彼を果てしなく不幸なものにしているんだと思う。



「…僕…保護されていないとまた狙われるんですか?」


「…」


「…聞きました事情は。
でも相手は僕を殺したつもりでいるんですよね?
わざわざ僕はまだ生きていますって公表したんですか?」


「いや…そういうわけじゃ」


「それなら。死んだと思っているならそれでいいじゃないですか。
それなのにっ、なんで。
なんで僕はまだ狙われるかもしれないって恐怖におびえていなくちゃいけないんですか?」



やりきれないといった様子で目元を覆う手。


僕だって君が可哀想だよ。
でも一体僕にどうしろっていうんだ。


知らないだろう。
君が持っている失くした記憶にどれだけの価値があるか。
その記憶がジョンインだって救えるかもしれないのに、みすみす可哀想だって同情だけで君の記憶を諦めるわけにはいかないんだってことを。


エゴイストだっていくらでも罵ればいい。
でも僕の本心はそこにある。





ジョンインがCIAの駒でしかないように。



僕もまた同じように組織の道具でしかない。



そして君もまた、僕にとっては最愛の人を助ける一つの手段でしかないのかもしれない。



不純な思いが交ざった僕の腕に素直に慰められている背中が、僕の良心を嘲笑うようだった。