二人は蠍を調べてみました。頭の傷はかなり深かったのですが、もう血が止まっています。二人は泉の水を掬って、傷口にかけてきれいに洗いました。そして交わる交わるふっふっと息をそこへ吹きこみました。
お日様がちょうど空の真ん中においでになった頃、蠍は微かに目を開きました。
ポウセ童子が汗を拭きながら申しました。
「どうですか、気分は」
蠍が緩く呟きました。
「大烏めは死にましたか」
チュンセ童子が少し怒って言いました。
「まだそんなことを言うんですか。あなたこそ死ぬ所でした。さあ早くうちへ帰るように元気をお出しなさい。明るい内に帰らなかったら大変ですよ」
蠍が目を変に光らして言いました。
「双子さん。どうか私を送って下さいませんか。お世話のついでです」
ポウセ童子が言いました。
「送ってあげましょう。さあお掴まりなさい」
チュンセ童子も申しました。
「そら、ぼくにもお掴まりなさい。早くしないと明るい内に家に行けません。そうすると今夜の星めぐりができなくなります」
蠍は二人に掴まってよろよろ歩き出しました。二人の肩の骨は曲がりそうになりました。実に蠍の体は重いのです。大きさからいっても童子たちの十倍くらいはあるのです。
チュンセ童子は背中が曲がってまるで潰れそうになりながら言いました。
「蠍さん。もう私らは今夜は時間に遅れました。きっと王様に叱られます。ことによったら流されるかも知れません。けれどもあなたが普段の所にいなかったらそれこそ大変です」
ポウセ童子が、
「私はもう疲れて死にそうです。蠍さん。もっと元気を出して早く帰って行って下さい」と言いながら、とうとうバッタリ倒れてしまいました。蠍は泣いて言いました。
「どうか許して下さい。私は馬鹿です。あなた方の髪の毛一本にも及びません。きっと心を改めてこのお詫びは致します。きっと致します」
この時水色の烈しい光の外套を着た稲妻が、向こうからギラッと閃いて飛んで来ました。そして童子たちに手をついて申しました。
「王様のご命でお迎いに参りました。さあ、ご一緒に私のマントへお掴まり下さい。もうすぐお宮へお連れ申します。王様はどういうわけかさっきからひどくお悦びでございます。それから、蠍。おまえは今まで憎まれ者だったな。さあ、この薬を王様から下すったんだ。飲め」
童子たちは叫びました。
「それでは蠍さん。さよなら。早く薬を飲んで下さい。それからさっきの約束ですよ。きっとですよ。さよなら」
(宮沢賢治「双子の星」)
「双子の星」に登場する蠍や大烏のような存在、その両者による争いは現実にはよくある。
では、現実の双子の星はどこにいて、いつ現れるのだろうか。