「思いがけない幸運を探し当てる力」は「偶察力」だってさ | 星垂れて平野闊く 月湧いて大江流る

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【2015.9.23.の記事の再掲載です】

 

 「ピンクのたまご 胸に抱いたら 何かが生まれる ラララ秘密さお楽しみ♪」
 
 この心のときめくような、何とも愛らしい一節は、子どもの頃観ていたTVアニメ「ピュア島の仲間たち」のオープニングテーマの出だしであります。
 実はこれも、番組のタイトルがどうしても思い出せなかったんですが、この歌詞でぐぐったらすぐに出ました。ホンマ、こんな時代が来るとは誰も思いませんでしたね~。
 
 タイトルは思い出せなかったけど、少年とピンクの恐竜が出てくるラブ&ピースなお話だったこと、少年の名前がコーナだったことはよく覚えておりました。
 そして、彼女の名は、これもよく覚えていましたよ、セレンディピティです。
 
 「このピンクの恐竜は覚えにくい、舌噛みそうなややこしい名前やなあ」
 
 と、いつも祖母がぼやいていたのを懐かしく思い出します。子ども向けなんだからもうちょっと発音しやすく、親しみやすい名前にしたらいいのに、と思っていたんでしょう。
 
 セレンディピティってのは、音の響きが何とも優雅で神秘的できれいなので、このキャラクターを創作した人が思いつきで付けたんだろうと長らく思っていました。何となく、海や水しぶきをイメージさせるような気もしますし、体の大きな恐竜ですから、長い名前の方が「らしい」気もします。
 でも、実はちゃんと意味があったことを近年になって知りました。
 
 「セレンディピティ(serendipity)とは、素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見すること。また、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値があるものを偶然見つけること。平たく言うと、ふとした偶然をきっかけに、幸運をつかみ取ることである」
 
 「『serendipity』という言葉は、イギリスの政治家にして小説家であるホレス・ウォルポール(ゴシック小説『オトラント城奇譚』の作者として知られる人物)が1754年に生み出した造語であり、彼が子供のときに読んだ『セレンディップの3人の王子(The Three Princes of Serendip)』という童話にちなんだものである(セレンディップとは現在のスリランカのことであるから、すなわち、題名は『スリランカの3人の王子』という意味である)。ウォルポールがこの言葉を初めて用いたのは、友人に宛てた書簡において、自分がしたちょっとした発見について説明しているくだりにおいてであり、その書簡の原文も知られている」
 
 「【この私の発見は、私に言わせればまさに『セレンディピティ』です。このセレンディピティという言葉は、とても表現力に満ちた言葉です。この言葉を理解していただくには、へたに語の定義などするよりも、その物語を引用したほうがずっとよいでしょう。かつて私は『セレンディップの3人の王子』という童話を読んだことがあるのですが、そのお話において、王子たちは旅の途中、いつも意外な出来事と遭遇し、彼らの聡明さによって、彼らがもともと探していなかった何かを発見するのです。たとえば、王子の一人は、自分が進んでいる道を少し前に片目のロバが歩いていたことを発見します。なぜ分かったかというと、道の左側の草だけが食べられていたためなのです。さあ、これで『セレンディピティ』がどのようなものか理解していただけたでしょう?】」
 
(ウィキペディアより)
 
 セレンディピティの最も有名な例として、アレクサンダー・フレミングが、実験の時に間違えて青カビを混ぜちゃったことから、抗生物質ペニシリンを発見したことなどが挙げられています。風呂に入ったアルキメデスやら、木からリンゴが落ちるのを見たニュートンなどもすぐ思い出されますね。
 理系の分野だと結構わかりやすいんですが、文系だとあんまりこういうエピソードは語られないんですね。非常によくあることですし、全く同じことなんですけどね。
 
 あたしが「あの恐竜の名前」じゃなく、一般名詞としての「serendipity」に初めて遭遇したのは、自分の持ってる英和辞書です。
 
 「ものを巧く発見する能力、掘り出し上手、幸運な発見、運よく見つけたもの」
 
 ホレス・ウォルポールが、「セレンディップの三人の王子」の主人公たちの持つ「能力」から造語したものだと説明されています。
 
 つまり、「セレンディピティ」という言葉は、「思ってもみなかった幸運を探し当てること」や、「探し当てた幸運」だけじゃなく、「探し当てる能力(聡明さ=知恵=洞察力)」まで含むようですね。
 
 訳語は色々と当てられているようですが、一定しないようです。