ナイツ(13) | 星垂れて平野闊く 月湧いて大江流る

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【第九夜:「クローバーの園」園長オルソ】

 

 「お、カチオさんの広告だ」

 思わず独り言が出た。

 昨日に引き続き、今日も夜勤だ。

 夕べは普段の忙しい業務に加え、夜中に癲癇発作を起こした入居者の対応に追われて、夕刊を読む間がなかった。今日は人員も多く、少し余裕があるので、一人で食事休憩をしながら昨日の分とまとめて読んでいる。

 劇場なんてもう何年も足を運んでいない。久々に、妻子と一緒に「水の流れる方」の芝居を観たいなあ。T.カチオのことだから、きっと素晴らしい舞台になるに違いない。

 「園長、お客様です。フォーリャさんと、もう一方」

 何かあったらすぐ飛び出せるよう、また、私の姿が誰からでも見えるよう、いつも開け放している扉から、若い職員のアレティが顔を出し、呼びかけた。

 出迎えに行くと、彼の言った通り、ヴェスタの書記官フォーリャが、私は初めて見る金髪の若者を連れて立っていた。二週間ばかり事務手伝いに来てもらっているダイヤさんです、と紹介を受けた。

 「オルソさん、このことは限られた人しか知らないことなので、なるたけ内密にして頂きたいんですが」

 扉を閉めるよう頼み、向かいあった私の執務室で、フォーリャは切り出した。重要な話題らしく、ダイヤは終始黙って、ひたすら会話の記録を録っていた。私は食事そっちのけで耳を傾けざるを得なかった。

 「三日前の晩なんですが、ワレースさんが自宅の前で、刃物を持った少年に襲撃されたんです」

 「えっ、ワレースって、市議の!?刺されたんですか!?

 私の普段からでかい声がますます大きくなり、外に聞こえるのではないかとフォーリャが警戒したほどだった。

 「いえ、シャルギエルさんという元軍人の方が護衛に付いていたので、怪我は全くありませんでした。ワレースさんが少年を家に上げて、シャルギエルさんも同席の許で事情を聞いた所、『ワレースを殺すか大怪我させられれば金を渡す』と言って、頼まれたというんです。

 少年は少し前から、学校をサボってよくない仲間と連んでいたみたいで、その繋がりで知りあった男だそうです。ワレースさんがその夜の内に役人に届けたので、次の日、つまりおとといの昼間にはもう捕まりました。ただ、本当の黒幕は出てはこないでしょうけどね。

 少年は元々ワレースさんに恨みがあり、また、家がお金に困っていたので、そこに付けこまれたようです。というのも、少年の父親は以前、賭博場を経営していましたが、去年、ワレースさんが提案し、成立させた廃止条例によって賭博場が違法になったからです。

 父親は家に籠り、酒浸りになって、母親も少年の妹だけ連れて逃げ出してしまったようです。

 少年は十五歳未満ですから、ご存じの通り、我が国の法律では罪に問えません。保釈金が支払われ、尚且つ、身柄を引き受けてくれる相応しい保護観察官が名乗りを上げれば、即日釈放も可能です。あまり例はないのですけれど。

 今回、その異例のことがワレースさんとヴェスタさんによって行われました。即ち、二人が保釈金を払い、少年は弁護士であるヴェスタさんの監督下に置かれることになりました。二人があちこちに働きかけたので、新聞沙汰にもなっていません。

 父親には今朝になってやっと連絡がついて、すぐさま身なりを正して、全くの素面でうちの事務所に飛んで来たそうです。というのも、わたしもまだ出勤する前でしたからね。

 ヴェスタさんは忙しくてずっとは対応できなかったので、わたしが代わって一日中、話を聞いたんですが、すまなかったすまなかった、ってずっとそればっかり、泣きながら言ってました。ヴェセルも――それがその子の名前なんですけど、やっぱりまだお父さんのことを好きみたいですね。二人ともまだ大泣きに泣いて、とても話ができるような状態じゃないですから、事務所の人たちに任せて、わたしとダイヤさんが代わってここに来たんです」

 「成程、そうだったんですか・・・・。事情はよくわかりましたし、大変痛ましいことで、でもその反面、ワレースさんも無事で、ちょっと救いもあってよかったとは思うのですが、なんでわざわざその話だけしに私の所に・・・・?」

 べつに煩わしいと思っていたわけではないが、ただ不思議だったので、そう言った。ヴェスタもフォーリャも、ある意味、無駄なことは絶対にしない人だからだ。

 「いえ、オルソさんにはお忙しい所、お時間割いて頂いて大変申し訳ないです。

 その父親なんですが、今日を限りに心を入れ替えて、自分を雇ってくれる所さえあるなら明日からでも真面目に働きたいと言うんです。それで、何がしたいか、何ができるかと訊いたら、結構色々あって、病院や養老院や養護院で世話係をしてたこともあるっていうんですね」

 「ほう」

 思わず感嘆の声を上げた。こういう職場はどこもそうだが、本当に、一人でも多くの人手が欲しいのだ。経験のある人なら尚更良い。

 「だから、クローバーの園で働かせてもらえばちょうどいいんじゃないかと思いまして。オルソさんならヴェスタさんともその、言葉悪いですけどツーカーですし。

 あと、馬車の売り買いの仕事もしてたことがあるから、その頃の伝手を辿れば中古の馬車なら格安で紹介できますとか、そんなことも言ってました。勿論、馬にも乗れるし御者もできるそうです」

 そこまで聞けば、もう私が異論を唱える筈はなかった。

 ここクローバーの園はポタカ市の外れ、茶葉や蜜柑の段々畑になっている山の麓にあり、ヴェスタの事務所や黒蟻連の本部会館などがある街の中心部からはかなり離れている。

建物の玄関先まで二人を送って出た。外は明かりもなく、初夏の田舎道は真っ暗闇だ。

 「それでは、どうぞ気を付けてお帰り下さい。フォーリャさん、その方に、どうかよろしく。明日の朝八時にお待ちしておりますとお伝え下さいね」

 「オルソさん、ちゃんと寝ないとだめですよ」

 挨拶以外で、初めてダイヤが口を利いた。そう言いつつ、自分もちょっと寝不足みたいな顔をしているのだが。

 私は苦笑して答えた。

 「眠れないのはいつもですよ。それでもだいぶ改善されましたがね」

 「いや、危ない危ない。お世話係がちゃんと寝ないと入居者が危ない」

 「ダイヤさんも、巡礼の旅の途中なのに大変なことに巻きこまれてしまいましたね」

 同情を込めて言うと、若い修道士は首を捻った。

 「いや、前に通ったフィアスって街でもあったんですよね、これによく似たパターン」

 「オルソーーーー、お人形遊びするって言ったじゃーーん」

 背後から声をかけられた。振り向くと、廊下の壁にずらっと並んだ扉の一つが開いて、熊のアップリケの付いた服を着た若い女性が、異様に大きな頭をゆらゆら振り、涎を垂らし、毛布を引きずりながら出て来ていた。小便の匂いがする。

 「だめだめ!さっきやろうとしてやらなかったのララカだろ。もう寝る時間だから、寝間着に着替えて」

 言いながら、踵を返し、私にとって永遠に最も神聖であり続ける、職場という領域へと戻って行った。