【第四夜:シャルギエル】
手洗いに行って、自分の持ち場に帰ると、門の所に人影が佇んでいた。警戒しかけたのは一瞬で、背格好でわかった。
「シャンさん」
気も漫ろといった様子で、棒付き飴を咥えていた。俺の奇異な眼差しとぶつかると、
「禁煙してんすよ」
ときまり悪そうに言った。
「裁判に勝つまでの願掛けですか?」
「それもありますけど、単純に節約ってのもあります。給料も下がってるし、煙草は高い。価格の殆どが税金ですからね。自分の健康の為にも他の人の為にもそれが一番いいから、裁判で勝ってももう二度と喫うな、ってヴェスタさんに煩く言われてるんですけど」
車夫であり、夫であり、二人の男の子の愛情深い父親である男は、彼の諦めた嗜好品のような苦い笑いを洩らした。
「シャルギエルさんも、お勤めほんとにご苦労さんっす」
彼は、この間初めて会った時よりもだいぶよそよそしさの取れた感じで軽く頭を下げた。
「用を足しに行く時間分の給料を差っ引かれたりしないからいいですよ」
と冗談のつもりで言ったら、
「いや、車夫以外で、実際そういう話もありますからね。車夫の場合だと、なんでこんなに話と違って安いんだと思ったら、おまえらちょくちょく車止めて休むだろ、荷物の積み下ろしの待ち時間は働いてるとは言えないだろ、その分引いてあるとか、そういうの」
どう答えていいかわからず、沈黙してしまった。
俺の反応を見たシャンは、「気にするな」という言葉に代えるかのように、ポケットからもう一本、飴を取り出し、差し出した。
「甘いの苦手じゃなかったら、どうですか?ちょっと疲れが取れますよ」
俺は彼の息子のように、素直に礼を言って受け取り、早速包み紙を剥いて、口に含んだ。苺味だった。