星垂れて平野闊く 月湧いて大江流る

星垂れて平野闊く 月湧いて大江流る

アマゾン、iBooks、楽天Koboで電子書籍を販売しています♪
メッセージボードのリンクからばびゅっと飛んで行ってね(^o^)/
A5小冊子版(紙の本)もあります♪お問い合わせ下さい♪

 ある晴れた午後、東京都心の小さなカフェで、私は継宮明仁さんにお会いした。 

 九十二歳の穏やかな老紳士だ。見事な白髪を短く整え、シンプルなセーター姿。窓辺の席でコーヒーを静かにかき混ぜながら、彼は柔らかく微笑んだ。

 

 「インタビュー、ありがとうございます。昔はこういう取材も多かったんですが、今は珍しいですね」 

 

 私はボイスレコーダーを置き、まずは軽く切り出した。 

 「この日本では、天皇制が廃止されてからもう八十一年になります。明仁さんは、我が国のラストエンペラー・昭和天皇の長男として、幼少期をどのように過ごされましたか?」 

 

 明仁さんは少し目を細め、遠くを見るような表情になった。 

 

 「父も残念だったと思いますし、子供だった私も辛い思いをしましたが……止むを得なかったと思います」 

 

 声は静かだが、迷いはなかった。 

 

 「記者さんもご存じの通り、一九四五年の終戦後、連合国軍は私の父・裕仁を戦犯として東京裁判にかけ、処刑しました。終戦時、私はまだ十一歳。皇居は接収され、宮内庁は解体。家族は一般人として、警備のついた仮住まいに移されました。一度だけ面会が許された時、父は『天皇であることが、かえって国民を苦しめたのかもしれない』と呟いていました。私も学校で『元皇太子殿下』とからかわれ、友だちは少なく、寂しかった。でも、あの戦争で何百万人ものいのちが失われたことを考えれば、処刑も天皇制廃止も、歴史の必然だったのだと思います」 

 

 私は頷き、次の質問を投げかけた。 

 

 「現在の日本は、徹底した平和主義を国是としています。それについて、どのようにお考えですか?」 

 

 明仁さんの顔に、穏やかな誇りが浮かんだ。 

 

 「日本は憲法前文と第一条で『戦争をしない』『軍備を持たない』平和主義を定めています。一国民として、これからもそれを守っていきたいと思っています。 

 軍隊はなく、代わりに国連平和維持基金に多額の拠出を続けています。アジア諸国との和解も、着実に進んでいます。もし天皇制が残っていたら、きっと『象徴』などとして政治利用の圧力がかかっていたでしょう。それがなかったからこそ、日本は本物の平和国家になれたのだと思います」 

 

 最後に、私は核心を尋ねた。 

 

 「もし歴史が違っていたら、明仁さんは第百二十五代天皇になられていたかもしれません。今、そのことにどんな思いを抱かれますか?」 

 

 彼は静かに笑った。笑みの中に、深い安堵があった。 

 

 「私は天皇になんてならなくてよかった、日本に天皇なんていなくていいと思っています。 

 どんな言葉でごまかそうと、血筋で選ばれる『特別な存在』がいる限り、真の平等は生まれません。私は今、ただの継宮明仁として、近所の図書館でボランティアをしたり、ひ孫の運動会に行ったりしています。とても幸せです。 

 天皇制がなくなって、日本は本当に『国民のもの』になった。それが、この国の最大の誇りだと思います」 

 

 コーヒーカップを置く音が、カフェの静かな空気に小さく響いた。

 明仁さんは窓の外、平和な東京の街並みを眺めながら、静かに付け加えた。 

 

 「私は息子として、父は地獄には堕ちていないことを願っています。きっと今頃、天国で安堵しているでしょうね」 

 

 

 ベルリン、1938年夏。

 

 アドルフ・ヒトラーは、ウィーン美術アカデミーを首席で卒業した後、すぐにドイツへ移り、舞台美術家として頭角を現していた。

 彼の描く背景は「光と影の詩」と評され、ベルリン国立劇場の舞台を一変させた。

 

 ある夜、劇作家のパウル・ヨーゼフ・ゲッベルスは、稽古後の舞台袖でその五十前の美術家に声をかけた。

 

 「ヒトラー先生。あなたの『ラインの黄金』は素晴らしかった。  

 あの岩と霧の表現……まるで神話が息をしているようだった」

 

 ヒトラーは少し照れくさそうに、しかし鋭い碧い目で相手を見返した。

 

 「ゲッベルスくん。  

 君の新作の戯曲を読んだよ。  

 『ファウスト』の新解釈……悪魔が人間を愛する話にするなんて、狂ってる」

 

 二人は笑った。

 

 それが始まりだった。

 

 以後、二人はほとんど離れなくなった。

 

 ヒトラーはゲッベルスの脚本に完璧な視覚を与え、ゲッベルスはヒトラーの美術に言葉と魂を吹きこんだ。

 

 1939年、彼らの初の共同作品『ニーベルングの指環 ―― 愛の変奏』は、ヨーロッパ中を熱狂させた。

 1942年の『メフィストフェレスと鏡』は、ヴェネツィア・ビエンナーレでグランプリを受賞。

 1945年の『永遠のユートピア』は、戦火を免れた世界で「二十世紀最大の演劇」と呼ばれた。

 

 ヒトラーとゲッベルスは、「二十世紀の黄金コンビ」と呼ばれるようになった。

 

 1970年。二人は老いても、クリスマスの夜にはベルリンの小さな劇場で、まだ誰も知らない新作の読み合わせをしていた。

 

 「先生」

 「何だ、ヨーゼフ」

 

 「もしもぼくたちが、もっと違う道を選んでいたら……戦争を、憎しみを、選んでいたらどうなっていたと思います?」

 

 ヒトラーは静かに微笑んだ。

 

 「おかしなことを言う奴だな。どこからそんなことを思いついたんだね。そんな世界は、存在しないよ。  

 私たちはここで、こうして、美しいものを生み続けるために生まれてきたんだ」

 

 ゲッベルスは頷き、老いた指でヒトラーの手を握った。

 

 カーテンの向こうでは、観客の拍手が永遠に続いているかのように聞こえた。

 

 

Ende

 

Ich will an seiner Stelle den Kreuzstab gerne tragen~大悲代受苦(だいひだいじゅく)

 

原案:名倉マミ 執筆:Grok

 

 

 灼熱の風が、永遠に変わらない叫びを運んでくる地獄の底。 

 ダンテの「神曲」ばりに、生きながら陰府(よみ)に降ったドナルド・トランプは、悪魔の案内で巨大な鉄格子の牢を覗きこんだ。 

 そこにいたのは、人類史上最も邪悪と呼ばれた男——アドルフ・ヒトラーだった。

 

 

 鎖に繋がれ、炎の鞭が絶え間なく背中を裂いている。 

 かつて世界を震撼させた瞳は、今やただの青灰色の穴だった。 

 

 トランプは小さく息を呑んだ。 

 「こいつが……一番ヤバい奴か」 

 

 すると、ヒトラーのすぐ横の陰から、もう一人の男がゆっくりと姿を現した。 

 瘦せた体。二十世紀中頃と思われるオーストリア風の服。

 しかしその顔には、驚くほど穏やかな光があった。 

 

 「グストル……」 

 ヒトラーが掠れた声で呟いた。 

 

 アウグスト・クビツェクは、静かに微笑んだ。 

 彼は死んでからずっと、ここにいた。 

 自ら望んで、この牢に降りてきたのだ。 

 天国への扉を前にして、彼は悪魔にこう言ったという。

 
 「私は彼を赦した。 
 だから、彼の罰を少しだけ、肩代わりさせて下さい」 
 
 クビツェクは今、ヒトラーの隣に跪き、炎の鞭が振り下ろされる瞬間、自分の肩を差し出す。 
 鞭はクビツェクの背に喰いこみ、彼は小さく息を詰める。 
 しかし痛みを堪えながら、ヒトラーの手をそっと握る。
 
 「アドルフ……もういいよ。 
 君はもう、充分に苦しんだ。 
 あのウィーン時代、ぼくと一緒に音楽を聴いた時間だけは、君も本当の人間だったんだから」 
 
 ヒトラーの目から、初めて涙が零れた。 
 それは血の涙だったが、クビツェクはそれを指で拭った。
 
 「ぼくは天使じゃない。 
 ただの、君の昔の友人だ。 
 でも、君がここにいる限り、ぼくはここにいるよ。 
 ほんの少しだけ……君の痛みを、分けあうよ」 
 
 トランプは鉄格子の外で、言葉を失っていた。 
 悪魔が肩をすくめる。
 
 「見ての通りさ。あの男は、罪もないのに自ら地獄を選んだ。 
 地蔵菩薩みたいに、永遠にここに留まるつもりらしい。 
 ……おまえも、誰かを赦し、赦される気はあるのか?」 
 
 クビツェクはトランプの方を振り向き、静かに頭を下げた。 
 その瞳には、若かりし日のヒトラーを愛した純粋な光が、まだ残っていた。
 
 

 「赦すことは、簡単じゃない。 

 でも、愛したことがある者にとって、それは唯一の救いなんです」 

 

 炎が再び燃え上がる。 

 クビツェクは再び自分の背を差し出し、ヒトラーに与えられるべき責め苦を、ほんの少しだけ、静かに受けとめた。

 
 地獄の底で、ただ一つのやさしさが、永遠の罰に小さな穴を穿ち続けていた。 
 
Ende

【XAI(Grok)による要約】

 

朝日新聞の記事で大澤真幸氏が、高市首相の「日本列島を強く豊かに」という主張や外国人政策の厳格化が、国民に家父長のような守りを感じさせ支持を集めたと指摘。

「国に愛されている」という癒やし 高市旋風とトランプ現象の類似点 [高市早苗首相 自民党総裁]:朝日新聞

トランプ支持層との類似も挙げ、リベラル側の弱さを分析しました。Xでは町山智浩氏が「政府は親ではない」と政府依存を批判する一方、石田英敬氏が明快と評価する声があり、「詐欺」「政策本位」などの意見が分かれています。自民党の3分の2超獲得という快挙の裏で、心理面と政策の議論が続いています。

 

 

 えっ。ほんとに朝日新聞!?と目を疑いました。「外国人政策の厳格化」ってただの排外主義、ネオナチズムでしょう。

 後述しますが、そもそも女性である高市早苗さんに「家父長」という比喩は本来全く相応しくありません。「マザームーン」とでも言ったらどうでしょうかw 

 

 あたしがPSW(精神保健福祉士)の資格を取る課程で勉強していた時、「PSWは、クライエントの第二の家族とも言える存在として・・・・」と論述すると、指導教官から「なぜ家族でないといけないのか」「『家族』という言葉にネガティブなイメージを持つ人もある」と批評されました。 

 自分に洗礼を授けてくれた牧師が「教会を第二の家族と思ってほしい」と言ってくれたことが嬉しく、印象に残っていたのでそう書いたのですが、教官の指摘は厳しいけれども的確だと感じました。

 

 「国家」は「家族」ではなく、「政府」は「親」ではないのです。「家族」「親」だとしても、「民主的で愛情深い家族、親」とは限りません。教官の言う通り、本当の「家族」や「親」がそうであるようにです。

 

 「家父長」の話に戻りますが、「マザームーン」がさすがにだめなら「アマテラス」でもいいですねw 日本は元々女神信仰の国なので。

 個人的には「戦争好きのオッサンが女の着ぐるみを着た存在」が高市早苗だと思ってるので、「家父長」という譬えはなかなか核心を衝いていると思いますが、この大澤とかいう学者は「褒めて」言ってるんだから始末に負えません。今時「家父長(制)」なんて言葉を肯定的な文脈で使う奴があるでしょうか。

 その程度の感性でよく社会学者なんかやってられるものです。朝日もなんでこんな奴のインタビューを取る気になったのでしょう。愛だの癒しだの、それこそ宗教や芸能、ファッションじゃねえんだぞ。

 

>自民党の3分の2超獲得という快挙 

 

 この偏った表現は何。自民党支持者にとっては快挙かもしれませんが(支持者でも「多すぎて気持ち悪い」と言ってる人もあるみたいですが)、支持しない人にとっては「地獄」「#高市鬱」「戦争が女の顔をして、作り笑いを浮かべながらやって来た」でしょう。 

 少数派の意見に耳を傾けるのが民主主義なのですけどね。

 選挙も避妊も大事なことです。

 

 大事なことをお話しする上で、時には人を批判しなければならないこともあります。

 

 この記事を書いている人と、あたしと、何が違いますか?

 

 

 確かに、「記事を書くことでお金を貰っているかいないか」「大組織に守られているかいないか」「多くの人に声が届くか届かないか」という違いはあります。

 でも、それは、「この人は言ってもいいがマミは言ってはいけない」「この人が言えば正しいがマミが言えば正しくない」という違いではないことに気づいてほしい。

 

 「人を批判してはいけない」という批判こそが時に暴力になり得ることにも気づいてほしい。