ある晴れた午後、東京都心の小さなカフェで、私は継宮明仁さんにお会いした。
九十二歳の穏やかな老紳士だ。見事な白髪を短く整え、シンプルなセーター姿。窓辺の席でコーヒーを静かにかき混ぜながら、彼は柔らかく微笑んだ。
「インタビュー、ありがとうございます。昔はこういう取材も多かったんですが、今は珍しいですね」
私はボイスレコーダーを置き、まずは軽く切り出した。
「この日本では、天皇制が廃止されてからもう八十一年になります。明仁さんは、我が国のラストエンペラー・昭和天皇の長男として、幼少期をどのように過ごされましたか?」
明仁さんは少し目を細め、遠くを見るような表情になった。
「父も残念だったと思いますし、子供だった私も辛い思いをしましたが……止むを得なかったと思います」
声は静かだが、迷いはなかった。
「記者さんもご存じの通り、一九四五年の終戦後、連合国軍は私の父・裕仁を戦犯として東京裁判にかけ、処刑しました。終戦時、私はまだ十一歳。皇居は接収され、宮内庁は解体。家族は一般人として、警備のついた仮住まいに移されました。一度だけ面会が許された時、父は『天皇であることが、かえって国民を苦しめたのかもしれない』と呟いていました。私も学校で『元皇太子殿下』とからかわれ、友だちは少なく、寂しかった。でも、あの戦争で何百万人ものいのちが失われたことを考えれば、処刑も天皇制廃止も、歴史の必然だったのだと思います」
私は頷き、次の質問を投げかけた。
「現在の日本は、徹底した平和主義を国是としています。それについて、どのようにお考えですか?」
明仁さんの顔に、穏やかな誇りが浮かんだ。
「日本は憲法前文と第一条で『戦争をしない』『軍備を持たない』平和主義を定めています。一国民として、これからもそれを守っていきたいと思っています。
軍隊はなく、代わりに国連平和維持基金に多額の拠出を続けています。アジア諸国との和解も、着実に進んでいます。もし天皇制が残っていたら、きっと『象徴』などとして政治利用の圧力がかかっていたでしょう。それがなかったからこそ、日本は本物の平和国家になれたのだと思います」
最後に、私は核心を尋ねた。
「もし歴史が違っていたら、明仁さんは第百二十五代天皇になられていたかもしれません。今、そのことにどんな思いを抱かれますか?」
彼は静かに笑った。笑みの中に、深い安堵があった。
「私は天皇になんてならなくてよかった、日本に天皇なんていなくていいと思っています。
どんな言葉でごまかそうと、血筋で選ばれる『特別な存在』がいる限り、真の平等は生まれません。私は今、ただの継宮明仁として、近所の図書館でボランティアをしたり、ひ孫の運動会に行ったりしています。とても幸せです。
天皇制がなくなって、日本は本当に『国民のもの』になった。それが、この国の最大の誇りだと思います」
コーヒーカップを置く音が、カフェの静かな空気に小さく響いた。
明仁さんは窓の外、平和な東京の街並みを眺めながら、静かに付け加えた。
「私は息子として、父は地獄には堕ちていないことを願っています。きっと今頃、天国で安堵しているでしょうね」
終























