太極拳の極意を得る、、到達は夢のまた夢

令和8年5月18日〔月〕【第3397号〔本年第122号〕】

      今朝、万代池公園で、マッちゃんから、金曜日(15日)の「ねんりん予選会」について、聞かれたので、返事 した。

 

 ①膝の動きに気をつけて、(膝の横揺れ禁止!!)②トン脚とか、下勢が揃っていなかったので、もうちょいそろえるように、③穿梭は、両肩を水平に、と、たぶん、その程度しか言わなかった。

 

 表演、、立ち上がりだったかなぁぁぁ? 白鶴亮翅は、見事な「散」だったなぁぁぁ!アレは、でも、あぁいう具合に、右手をバラン!と落として低く構えるコトを良しとしている指導員がいるからだろう。(私的にはみてトレで散々修正、頑張ったけれど、結局、成果無し!) 外形・見栄えを追求すると、あぁ成るのか?私的には、整っていないのは凄く目立つ・・・ズバリ、、あんな白鶴亮翅は、間抜けにみえてしょうがない!!

 

  「倒巻肱・△」、「坐仰」等々のメモも残っていたし・・・・「雲手・小!」のメモも。(何で?雲手、あんなにチマチマしてんねん??) マッちゃん「三年、頑張っている」と言うから、ソレには、私は、「開催県も、三年間、準備していますよ!」と返した。

 

  CHMちゃんが、一人、頑張って低い姿勢をとっていたけれど(悪目立ち=ガサガサ感)、、①「集団」の認識が要る、というコトを言い、そして、②問題の「右弓歩」を矯正した。私のうろ覚え「弓歩」は、やっぱり!! そうだったのか・・・直観は合っていた。

 

  彼女の関節の可動が良いのは、たぶん、体操とかバレエで養った結果だろう。でもでも、ソレだけでは、太極拳の内面の部分は育ちようが無い。要は、動きの質自体が、柔らかく、軽やかなモノに転化しないといけない。私は、浮いてて、重たいのはアカン! と 言った。その逆に、沈んでいて、尚且つ、軽やかであるべき、と言ったけれど、彼女の中に残るか、どうか? 「身中垂直線」は中々ピンと来ないのも!!

 

  栴檀の写真、先週のヤツをそのまま再掲、、今日は、ちょっと散りかけていた。

 

 

 

 

  「捨己」=自分の主観、とか、チカラとか、コレに執着していたのでは、太極拳は上達しない。「走や粘!」も実際、人と触れて初めて体得していくコト。 相手にトコトン付き従っていっているフリをしながら、実は、主導権を握る。昨日の、鴨川公園での彼(剛柔流空手道師範、54歳) が、「化勁」というコトバも知っているコトには私は驚いた。彼は、鴨川公園は「三回目」と言っていたが、たぶん、昨日の私との接手で、「鴨川推手」の虜になったコトだろう。。

 

  ちょっとだげ話がすり替わってしまった。

①②ともにジローさんの言(昨日、鴨川公園にて)

令和8年5月18日〔月〕【第3396号〔本年第121号〕】

    昨日午前は、在、大仙公園・・・10:05  ~ 11:30、、早退!!(随分早めに、一旦帰宅。)

 

 午後は、13:30  家出→(高野線・地鉄堺筋線・)京阪・出町柳駅、、そして、鴨川公園に到着は、15:30。所要二時間だから・・・第四日曜日・西梅田公園と比すと、遠いコトは遠い。

 

 昨日、鴨川公園はかなりな人出。本来の場所(榎の大木がいらっしゃるトコロ・・・)は、若い子、たぶん、大学生・・・・大旗を振って踊りまくっている子たちに占拠されていた。。。

 

  S先生、でも、エラいなぁぁぁぁぁ! もう、ココで第三日曜日は、、ずっとずっと・・・長年に亘って、 「推手」、やってくれているのだから。この場所、昔は、ほんの数人のコトもあったのに、昨日は、たぶん、20人は超えていたのでしょう、、出入りがあるから。 鴨川公園の主は、やっぱり、S先生!! 感謝感謝!!

 

  私的に、昨日、初の相手は、剛柔流空手師範(ジローさんが教えてくれた・・・)、54歳。足元の安定感、抜群。私的には、やはり、「牽動」を積極的に使わざるを得ない。【技術レベルの低い人に、唐突にパーン!!とやるのは危険だけれど、彼のレベルなら問題ない。】

 

  彼との接手・・・最初の数分だけ、ガチッとした感じだったが、すぐに接触感、随分柔らかくなっていった。でもでも、コチラとしては、聴勁&借力。なので、「しんどい!」と彼は言ってくれた。私は、「気沈丹田」、、ゼェゼェハァハァ、となったりはしません。(彼的には、二回りも上の年寄りに、て感じで、ちょびっとショックだった、ようだ。)

 

  剛柔流空手師範は中々にセンスがいいし、「巻き藁は反撃しない」という名言(迷言)を口にした。(私が使った・・・)「化勁」というコトもおっしゃっていたので、ソコは、空手道追求の中で、学習されて知り得たコトなのでしょう。確かに確かに、チャッ!と引っ掛けたら、ホント、元気よく走っていた。54歳、元気な盛り。

 

  でもでも、鴨川公園にしろ、西梅田公園公園にしろ、私からすれば、ちょうどソレくらい、二回りした、とか、三周り下の年齢の方々とやれるのは、彼らから「元気」を吸い取るのに、ちょうどいい。


  今日の【タイトル】・・・・過去、何度か聞いた。数年前には、「日本海の波みたい」というのも聞いた。ジローさんもこの間、格段にレベルアップしている。

今日の毛丹青教授(神戸国際大学、63歳)のご講演の骨子=【タイトル】。

令和8年5月16日〔土〕【第3395号〔本年第120号〕】

    ※ 6/27(土)も今日と同じ展開になる、、だろう。。まだ、マダムに、「楊式太極拳」の代講依頼をしてへんけど。【午前の「太極推手」はこなして、お昼ご飯も皆と共にして、ただ、場所は違う。今朝の家出も、7:30  と少々早かった。土曜日は、没法子】

 

 

 

  毛教授、冒頭、「今日は、五・一六の日」云々、、そうでした、そうでしたねぇぇ!! 人民日報に「通知」がドカン!と、と言っても遠い昔=1966/5/16  。

 

 毛教授は、「当時、四歳」だった、と。

 

 「文温」はもしかして、毛教授の造語? すごく語呂(音の響き)がいい=ウェンウェン。

 

  「政冷経冷」の今だからこそ、「文温」を。②神戸というローカルな起点。そして、③梁啓超や孫文・・・・そんな展開だった。

 

  毛教授のお話は、15:10  頃のスタートで、一応、16:20 終了 だったか?

 

  ②に関しては、地政学上とか、「風水」をおっしゃっていたように思う。(南京町の存在)。

 

  教授のお話を聴きながら、ググッた!!(私的には、いつものクセだ。)

 

 梁啓超(1873/2~1929) 、孫文の「三民主義」=1913年。呉錦堂(1855/11~1926)、宮崎滔天(1871/1~1922/12)、ファン・ボイ・チャウ(潘佩珠)(1867/12~1940)・・・

 

        人と人との繋がり、とか、関係をお話しつつ、次、④近代日中交流の底流と論理、だったか? 華僑の「三把刀」についてお話があり(無償の支援と民間の絆・・・)、日本は、というと、アジアの模範と成りつつ、ただ、30年足らずで、今度は、「アジアの公敵」になった、と。急速な近代化と対外路線の転換は、日中両国関係に深い断層を残した、と。

 

  官とか、民とか 言わずに・・・・個人として輝いてやぁぁ!という〆のお話までには、特異な青年のお話も あった。

 

  毛教授のお知り合いで、今年、行方不明になった成年(42歳)は、チチハル出身で、ドイツ留学中に、日本文化に触れ、高野山の修行僧となっていたが、何故か?アコンカグアで、消息を絶ってしまった、と。教授は、さだまさしの「風に立つライオン」(1987年)についても、この青年に係るお話の中で触れていた、か なぁぁぁ? うろ覚え、というのか、私的に、いまいちピン!と来ていない展開 だった。

 

   が、しかししかし、

 

  「文温」・・・・・文化を温める、、即ち、異国文化を単に研究する、というのじゃなく、文化を通じて自己完成、とか、個人の内面の成長、というようなコトをお話になって、要するに、一人一人が異文化と真剣に向き合いましょう、、と そんな感じだった。 空海や道元、鑑真もお話の中に登場していた、鑑真は24人の職人と来日した、と。

 

  かなり、はしょって書いたけど、こんな ↑ 感じ。千字、超えている。。

 

  7階で、総会&毛丹青教授講演、一つ階降りて、、6階で、レセプション。

 

 青柳理事長による「中締め」・・・

 

 ソレにしても、とても懐かしかった=南天満公園。

 

 

  1977/11  、上海からの先生を追っかけて、このキャッスルホテルに滞在中の先生方の部屋を勝手に押し入るように訪れて、、若気の至り、でしたなぁぁぁ!50年近くも前のコト!!

 

  しゅうハイホウ女史編纂の本では、場所、「上海」て なっていた?この写真(本通信内、再掲・・・)もソコから失敬した。

 

  まん中、周元龍先生の真後ろの白い影みたいなのが私=28歳。今より断然細い、髪の毛もまだたっぷり有る!!こりゅうけい先生の後ろの高谷さん、何故だか?ニコニコしているなぁぁぁ!!
 

 

  ブッちゃんは、当時、在京、、横浜・山下公園も、太極拳聖地、みたいな場所です。