令和8年1月3日〔土〕【第3277号〔本年第2号〕】
今朝、時刻は=6:37、仁徳御陵の南東角にて、西を望むと、日没ならぬ、月没直前!! めっちゃ大きく観えていた。 ウチに戻って、カミさまに、「お月さん、まんまる やったでぇ」と言うたら、 「気球、視たんとちゃう!」と。ちゃいますちゃいます。 やっぱ、満月ですよねぇぇ、りっぱ! 仁徳御陵周回路に入ったら、14分でココに着く。(仁徳御陵周回は、三十数分掛る。万代池公園の池を周回しているペースで歩いたら、50分位係るかも。)
お堀が、何だか、川みたいに見えている。流れは無い、、鴨のつがい、ようけいたけど、朝、まだ早いのか、みな、静かにしてた。
今朝は、5:45、「家出!」と思ったけど、結局はその30分後に始動、、その気になって歩いたのは、🌕 、満月だった所為かも !? 見えてた感じより、写真の方が断然 明るい!
けっこう、暗かったけど、意外。。 この写真、パシャリ!と やってる時に、後ろを「猫オバちゃん」が通過。彼女、野良猫にキチンと 名前を付けてて、呼ぶんやねぇぇ !
昨年は、仁徳御陵周回は、五回だったけれど、今年は、果たして、「何回」になるだろうか? まっ、今朝と、同様、ソレは 「脚」が決める。
さてさて、前号の続き、みたいな話だが・・・・
馬有清編著の中に、やはり、面白い表現があったので。
ソレは、
【相手の「三節」の使い方を見極めよ】、という話であって、相手が、「梢」を使ってたならば、コチラは、「根」で対処すればよいし、相手が「根」を使ってくるならば、コチラは、「梢」で対処するが、じゃあじゃあ、相手が、我が「中節」を攻撃してきたならば、どうするか、というと・・・「梢」乃至「根」で変換応対するべし、と書かれている。なるほど!と思うけれど、でもでも、(コレも前号で書いたとおり、20年前に読んだ時は素通りしてた、とは言うものの、) よくよく考えると、もっとずっと昔に、1990年代半ばに尹金陵さんから、教わってたんじゃないかなぁぁぁ!?ととても薄い記憶が。。コレ、ひょっとしたら自身の思い込みかも知れない、と思いつつも、ホント、記憶が蘇った、て感じになっていた。
晦日に、そんな気になっていた。
西梅田公園アフターで、みんなでワチャワチャやってる時に気づくコトもあるけど、一人静かに・・・・夜中に気づくコトも多々ある。
「欲提先沈」の四文字熟語も大いに参考になった、というのか、西梅田公園でまぁ君を相手にした時は、自身、コレを一生懸命にやっている。まぁ君、120kg の巨漢だし、根っこが相当しっかりしているから。要するに、私的には、「牽動」のとってもいいケイコができるのだけれど、実は、大抵の方が、間違えて、まぁ君とまともにぶつかっている = とても危ないコトをやっている。年寄である私は、ソレをしない。
相手を如何に浮かすか? 智慧が要る。(勝手に浮いてくれる方が大半だけれど・・・)
尹金陵さん、亡くなって、もう26年が経った。井上さんは、イツ、亡くなった? 本通信、自身で丹念に探したらわかるかも、と思うが。。そんなに昔ではない。
いやいや、昨日、まったく偶然に、ジンちゃんが送ってくれてた、えらく古い写真が、ポロッと出てきた。「何だろう?」と思って手に取ったら、1998年1月の写真だった。自身、どんだけ整理整頓がアカンねん、という証明みたいな話。
ジンちゃん、連写で撮ってくれたんですねぇぇぇ!でもでも、ジンちゃんとも完全に音信不通、疎遠になっている、お元気なのだろうか。ともかく、↓ 写真は、周元龍先生の追悼文に使った。1998年夏号に載せてもらった。
もう28年も前、なんですねぇぇぇ! 場所は、和歌山・熊野本宮大社。
西区のジンちゃんのマンションにも行ったコトがある・・・・彼、堂島の喫茶店は、直ぐに辞めたのでしたよねぇぇぇ?!
國見さんの 労作(遺作) ↓ は、 北深井道場で 保存しよう。






















